Manual Medicine 大場 弘 Blog 

マニュアルメディスン(徒手医学療法)は全身をトータルに捉え身体の連関性を追求する医学です。
ここではマニュアルメディスンによる治療法や、症例などをご紹介していきたいと思います。

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シンボル化された心の世界
 

意識する心と、意識されない心の部分

 

図書館でたまたま見つけた坂野登先生の「脳とバランス力とこころの健康」(青木書店、2100円)、何か私と同じようなことを考えているのかと思い読み始めました。まだ読み始めですが、結構勉強になります。

 

身体の感覚と心の世界、そしてその間にある脳の働き・・・

 

実はこれらを一つに最初に考えたのは、条件反射の研究で有名なパブロフであったとあります。身体の感覚を第一次信号系、脳における言語的な操作を第二信号系と呼び、人の心の働きを解明しようとしたそうです。

その後、彼の条件反射は刺激→反応という単純な図式のみが注目され、心という主観的な働きを除外し、外にあらわれる行動によって人間の心的過程が解明できるという行動主義心理学へと変貌していったとあります。

しかし、心を語らずして心理学が成り立つわけではなく、その後、人それぞれの出来事の受け止め方、いわばブラックボックスとされてきた脳のなかで情報がどのように処理されてゆくのかをモデル化した認知の仕方が注目されるようになりました。認知主義心理学へと代わってきたのです。

 

脳をあたかもコンピュータのようにみたてることが多くなっています。そこでは、情報処理の過程をシンボル化して、その流れを図式(スキーマ)化して視覚化するのが特徴的です。こうした流れは、パブロフの第二信号系をシンボル化して解明しようとしていることになるのでしょう。ソシュールの一般言語学など影響もあって、時代は言語というシンボル化された心の世界へと突き進むことになるのです。

 

医師であったフロイトは、臨床神経学の失語症の研究から、言語という観念的内部世界へ飛翔し精神分析への道をたどっていきました。フロイトは、言語と対象は、言葉の聴覚的なイメージと、対象の視覚的なイメージが結び合うことで相互関係が成り立っている考え、言語連合のスキーマとして思い描いたとあります。今日の脳科学が語る情報処理のプロセスそのもののような気がします。

 

世の中の出来事を認知するネットワークでの情報処理の流れのなかで、言語的な思考、すなわちシンボル化された内部世界、心の世界が生まれてゆきます。心の世界は人それぞれの受けとめ方があるために、世の中の出来事は同じにはなりません。

人に話したことが、そんなふうに言ったのではないのにと、当惑させられることも少なくありません。人によってまったく違ったふうに受けとめられているのです。そうした世の中の出来事にたいしての受けとめ方は意識されることなく、しぜんになされていることに気づきます。

 

不安には、これまでの経験の中で構造化された言葉のつながり(スキーマ)があると考えられています。構造化した思考の流れは意識化されずに進行しています。世の中の受けとめ方が歪んでいると、実際の出来事とはうまくかみあうことはありません。こうしたミスマッチは不安をさらに増悪させます。認知療法の基本は、普通は意識されないこのミスマッチの原因を、クライエント自身に認知(意識)させることにあるそうです。

 

抑鬱的な気分になり、なかなか否定的な考え方から逃れることができなくなってしまうこともあります。感情が認知の仕方にどのように関わっているのか、疑問になってきます。

 

気分がものの見え方や感じ方を変えてしまうこともありますから、感情が認知の仕方にかなり影響することが想像できます。脳科学の観点からしますと、感情のネットワークがあり、それが認知のネットワークにどのように絡んでいるのかということになります。

 

感情は大脳辺縁系、文字通り大脳の周縁にあります。

周辺(辺縁)というのもおかしなもので、大脳の中いわば髄にあたるのではないでしょうか。新皮質を中心に見ると辺縁系ということなのでしょうが・・・。

認知に関わる大脳新皮質に対して、旧皮質・古皮質という大脳の中心にある部分は嗅脳として発達してきたところで、系統発生学的に古い脳です。犬の行動を見ていますと、いかに臭いが大事な役割を果たしていたかわかります。食べられるものか食べられないものかを最初に臭いで判断していますし、他の犬とのコミュニケーションも臭いを嗅ぐことからはじまっています。また、まわりの風景を視覚的に認知しているというよりも、臭いで認知しているように見えます。したがって、外界の探索と評価・認識、記憶、性行動など、生きていくためにきわめて重要な働きを担っています。人間は、嗅覚はかなり退行していますので、きわめて視覚的になってしまっています。

 

この古い脳の部分から感情がわき上がってくるわけですが、それが気分というものです。

気分によってものの見え方や感じ方が変わってしまいますが、逆にものの見え方や感じ方を変えることができると気分も変わるということが起きます。

 

認知と感情はからみあっているわけです。この絡み合いには、やはり言葉があるのでしょう。言葉が、感情の記憶へとつながります。そうしますと、ネガティブな感情と記憶につながる構造化された言葉のスキーマ(心の部分)があると考えることもできます。

 

そうした意識化されない心の部分と対話する。このことが、新たな認知の仕方を創造できることになり、これまでの思考パターンを崩すきっかけとなるのかも知れません。


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