Manual Medicine 大場 弘 Blog 

マニュアルメディスン(徒手医学療法)は全身をトータルに捉え身体の連関性を追求する医学です。
ここではマニュアルメディスンによる治療法や、症例などをご紹介していきたいと思います。

<< August 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
SPONSORED LINKS
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | | - | - | pookmark
思考の枠組み
 

予測できない展開のなかで、人間のいとなみとは大海の中で漂流する小舟のようでもあります。静かな海のときもあれば、嵐が吹き荒れ翻弄させられるときもあるわけです。

 

人が行動するときには、みずからの位置を示すための指針となる空間識(空間座標に基づいた認知)や、身体を自由に操作するための身体地図をもつにいたっているのです。

 

もう一つ、時間的な系列を認知する時間的な感覚もまた本来備わった認知のしかたとして重要です。さまざまな出来事の中に時間的な流れを感じ、そこにあるストリー性(筋書き)や文脈(コンテキスト)を見出しています。それが“意味を見出す”ということにもなるわけです。

 

意味を見出すということじたいが、なにかある必然性のもとでおこなわれていることに気づきます。

意味は、見て聞いて感じる世界にあるものではなく、意味をつくるその人のフレームのなか、その文脈(コンテキスト)によるものです。意味は、思うこと、信じること、価値があると考えることの、心の中の状況によって決まり。そしてまた、心の中は社会的・文化的な見えない枠組みによって縛られてもいるのです。

 

私たちは自ら創り上げた概念的世界に生きています。

 

いつもある方向で考えてしまう、決まった範囲の行動しかとれない、こうした背景には、それぞれの個人的な枠組みが形成されているからにほかなりません。先入観と呼ぶこともあるでしょうし、社会的な常識ということもあるでしょう。

 

昔、教科書で「塞翁が馬」という逸話を習ったことを思い出します。

いろいろな出来事に人はそのときどきに意味を見出しているのですが、不幸な出来事も状況が変われば吉と変わり、そしてまた状況が変われば凶と化すという内容の逸話でした。物事の意味や価値評価(感情)は状況しだいで変わってゆくのです。不幸な出来事も、貴重な体験として意味を見出すこともできるのです。

 

「良いこと、もしくは、悪いことというのはないのだが、思考がそうさせるのだ」とは、ウィリアム・シェークスピアの言葉だそうです。


構想・戦略を得るには、時流の変化を洞察できる冷静な観察眼が必要なのでしょう。

 

スポンサーサイト
- | 09:59 | - | - | pookmark
コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。