Manual Medicine 大場 弘 Blog 

マニュアルメディスン(徒手医学療法)は全身をトータルに捉え身体の連関性を追求する医学です。
ここではマニュアルメディスンによる治療法や、症例などをご紹介していきたいと思います。

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マニュアルメディスン研修会あれこれ
ここのところ学会とか研修会が相次ぎ、落ち着かない日が続いています。

10月12/13日に催された日本カイロプラクティック徒手学会も10周年を迎え、学会発表の内容もしだいに研究報告らしくなってきました。個人的には静岡の吉野和廣先生(桜カイロプラクティックオフィス袋井)の「健常者と非特異的腰痛症並びに背部痛症者における脊柱変位像の統計的分析」は、私自身臨床で感じている身体の歪みパターンを統計的に明らかにしてもらったような想いでした。臨床で感じていることを、こうしてきちんとした数値でもって示してくれた方がいらっしゃるということは、たいへん有り難いことです。
学会の直後、清水博先生の「場のアーツ」が催されましたが、今回は本多直人先生にお願いして休ませてもらいました。本多先生に、場の療法・身体呼吸療法を紹介していただいたようです。清水博にとって、最近、私はすっかり不肖の弟子になってしまっています。

11月に入って研修会が相次ぎました。準備や講義などたいへんでしたが、それなりに充実した内容で、私自身楽しくやれたような気がします。身体呼吸療法を提唱し始めた頃、セミナーに呼ばれることがありましたが、セミナーが終わった後に、なにか心に燻るもやもやで、なかなか寝付けなかったことが思い出されます。当初は、受け容れもらえていなかったのです。でも、この頃は参加されてきた方々が、私の話にたいへん興味をもって聴き入ってくれるおかげで、会場に大きな場ができると言いましょうか、なにか大きなエネルギーに包まれている感じがします。11月1日の研修会には、運動連鎖アプローチ研究所の山本尚司先生の呼び掛けに30名ほどの理学療法の先生方が参加してくれましたが、みなさん20代から30代の若い先生方で、とても素直で受容性があり、たいへん盛り上がりました。私自身エネルギーをもらったような気がします。おかげで、翌日の早朝に出かけた名古屋での機能神経学の講義も疲れることなく済ますことができました。この研修会の内容は、分子レベルや細胞レベルの段階から始まりますので、だれでも理解に苦しむものですが、実に40名近くの先生方集まってくれました。どうして、臨床現場からほど遠い基礎的な内容にこうして勉強に来られるのか不思議でもあります。大阪豊中の平野寛先生も来ていただいて、久しぶりの再会でした。“オステオパシの方はどう?”と訊ねましたら、“テクニックはもういいかな、こうした勉強を続けないとね”という返事でした。

後日、札幌の櫻庭由香里先生も、テクニックだけで対処できるほど臨床の世界はあまくないということで、基礎医学をもっともっと勉強したいと語っていましたので、やはりマニュアルメディスンの方向性はこれからも堅持していく必要性を感じたしだいです。

そして11月9/10日と、山口市で泊まりがけの研修会をやって帰ってきました。山口での合宿は、当地で身体呼吸療法の施術に孤軍奮闘されている大野悟先生を励ますために企画したものですが、なにからなにまで大野先生のファミリーにお世話になってしまいました。セミナー参加者が全員で8名でしたので、山口県随一の一ノ俣温泉に宿を取り、みんなで楽しい晩餐会をもつこともできました。大野悟先生は以前に身体呼吸療法の認定問題を提起された先生ですが、このところ身体呼吸療法での施術がたいへん評判となり、休む暇もなく施術にあたっているということで、彼の技量は著しく高まっていました。日常の臨床を身体呼吸療法で十分にこなしていける能力はすでに獲得されています。これでなにか研究発表なり臨床報告なりが出てくれば、私が想定しているりっぱな認定資格の域を超えています。ぜひ自らのうちにあるものを表現してもらえたらと願っているところです。

研修会が終わった翌日、大野先生が休みをとって萩を案内してくれるということで、その途中、日本名水百選の一つ、別府弁天池に連れて行ってくれました。澄み切った水がコバルトブルーの蒼さを反射し、紅葉が始まった別府厳島神社の社に独特の美しさを醸しだしていました。

境内の湧き水を飲んで味を確かめてから、池の水をパシャパシャと波を立ててはその波紋の美しさに魅入っていました。その時は別に特別な感覚は生じなかったのですが、しばらくして車の中で、咽から胸になにか透き通るような清々しい感覚がひろがっていきました。澄み切った水が内と外から共鳴し合ったのでしょうか、なにか透明な気がひろがっていく感じがしたのです。

澄み切った水と透明な気とても印象的な出来事になりました。

今日、患者さんを治療し身体呼吸の状態に誘導すると、あの弁天池の澄み切った水のイメージが浮かんできて、なにか透明な気がひろがっていくような感覚が何度もありました。

またあの弁天池の澄み切った水を求めて、山口で合宿をやってみたいものです。そのときはまた、大野先生、よろしくお願いいたします。

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