Manual Medicine 大場 弘 Blog 

マニュアルメディスン(徒手医学療法)は全身をトータルに捉え身体の連関性を追求する医学です。
ここではマニュアルメディスンによる治療法や、症例などをご紹介していきたいと思います。

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瞑想とデフォルト・モード
 

瞑想しているときに脳はデフォルト・モードになっているのでしょうか。

瞑想とデフォルト・モードで検索してみますと、数多くの研究論文がでてきます。これを一つ一つ読みこなすということもたいへんなことです。私のブログのように(?) わかりやすく、全体像をつかめる内容のものがないかどうか探してみますと、Jon Lieffというメディカルドクターがブログで最新の脳研究の話題を紹介しているブログがみつかりました。

http://jonlieffmd.com/blog/meditation-and-brain-changes-recent-research-and-new-applications

 

瞑想とひとことで言っても、世界にはさまざまな瞑想のやりかたがあるようです。

たとえば、他者に深い思いやりを向けることで、自らの迷いや不安を払拭するという瞑想(compassion慈悲)があります。また他には、呼吸や脈に集中しそこから静かな心で内にある想いや気づきを得ようとする瞑想(mindfulness気づき)もあります。さらに、マントラ(真言)を唱えたり、音楽などの五感に訴える方法で意識の変性状態を引き出し、超常的な感動をもたらすという超越瞑想(transcendenceトランス)もあります。

 

当然のことながら、瞑想のしかたで脳の活性する部位に差違があらわれてきます。

さて、デフォルト・モード・ネットワークはどうなのかということですが・・・

 

あらゆるタイプの瞑想の熟練者に共通してみられるところとして、デフォルト・モード・ネットワークの活動が低下するそうです。それだけ何かに集中できている状態にあるということになります。

事実、注意を払った気づきの瞑想をfMRIで調べた最近の研究では、帯状回の後部に加え、帯状回の前部の背側部と前頭前野の背外側部との新たなネットワークが明らかになっているようです。長期的な効果として注意に関わる領域で活動が高まることが示されています。

 

瞑想状態は集中力を高めるほかに、雑念と言いましょうかあれこれと夢想することもなく、自己を鑑みることが高まるそうです。思考や感情をコントロールし、「今ここにある」ことに集中できるようなデフォルト・モード・ネットワークになっているとあります。

 

さらに長期的な効果として、感情の安定、不安と鬱の軽減がみられるとの報告あります。また、熟練者でも初心者でも、前頭葉の内側部ですがその背側部(認知に関わる)と腹側部(感情と自己評価に関わる)の間で、同期性が弱まることが示されています。鬱の人ではこの両者間と、注意に関わる右頭頂葉で過剰に同期性が強まっているということですので、瞑想は鬱の改善に効果が認められるというのです。

 

仕事、仕事で、頭の切り換えができず心身の不調を訴える患者さんが多いのですが、“どうしたらいいですかと?”とよく訊かれます。仕事以外に楽しめることを持つ必要があるのではとこたえるのですが、考えてみれば、時間に追われそれができないでいることが実情なわけです。代わりに、呼吸を長く吐きながら、ちょっとの間でも瞑想を続けてみるように勧めてみるのも良いかもしれません。

 

個人的には瞑想となりますと、禅宗の座禅が身近に感じられます。

兄が永平寺で修行僧の指導にあたっておりましたので、午前3時真冬の凍てつく禅堂で参拝させてもらったことがあります。座禅を組む若い僧の苦痛に歪められた形相が思い出されます。座禅を組むと無になるといった生やさしいものではありません。厳しい修行です。

 

私は幸いにも坊さんにならなかったので、厳しい座禅修行ではなく、生やさしい気持ちで座禅を組んだことが何度かあります。無になろうとしても次々から思考がめぐって、まだ終わらないかなとただ待つばかりでした。ところが一度、とても清々しい気持ちになったことがあります。雨上がりの早朝、森の中の静寂な古寺で座禅を組んでいたとき、澄んだ冷気と鳥の声が妙に鮮やかに感じられたのです。今という時を鮮烈に感じられた体験でした。

あのような座禅であったら何度でも味わいたいものですが、脳のデフォルト・モードに磨きがかかり、脳の活動にめりはりがつくと、きっと、あのときのような感覚になれるのでしょう。

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