Manual Medicine 大場 弘 Blog 

マニュアルメディスン(徒手医学療法)は全身をトータルに捉え身体の連関性を追求する医学です。
ここではマニュアルメディスンによる治療法や、症例などをご紹介していきたいと思います。

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薬師寺の仏像を観て
国宝 薬師寺の仏像
小降りの雨の早朝、木々の緑が鮮やかな上野公園を通って、東京国立博物館で開催している薬師寺展を観に行った。時間的にゆっくりしているわけにもいかず、まっすぐと仏像を目指して進んでいった。あれこれと知識でものをみるのではなく、身体的な感覚でみてみたいのである。最初に出会った仏像は、少し小ぶりながらも、独特の雰囲気でたたずむ聖観音像であった。

仏像の前に立って眺めていたら、なんとなく自分自身の具合の悪いところが浮き上がってくるような不思議な感じがでてきた。今回の展示会は仏像の背面からも拝めるので、後ろにまわって観てみると、たしかに眉間と手からなにか薄い光の帯が放射され、前方にひろがっているのが感じた。なんかすごい感じである。幻視か、いや前に立っているとき、たしかにあの見えない光を浴びていたのである。
階段を昇り、高くなった踊り場の向こうに、ひときわ大きな月光菩薩像が胸から上にかけて現れてきた。数メートル離れたところなのに、立っている踊り場が本当に月夜の光で照らされているような澄み切った感じがひろがっている。この仏像をつくった仏師達も、実際に月夜の清々しい透明な空気に浸りながら仕事をしていたにちがいない。
日光菩薩像、踊り場を降りて、側面から接近してみると、その大きさに圧倒的な存在感が感じられる。月光菩薩像が柔らかい透明な場をつくっていたのとは異なり、凜とした空気をただよわせ、なにかしら緊張感も伝わってくる。
月光菩薩像と日光菩薩像のこの二体は、左右に位置した対称的な造形美となり、それぞれ左と右下肢に偏った加重をかけ立っており、両像の力動感溢れる流れが頭部に向かって、対称的に蛇行していく。この二体の菩薩像の間で後ろから眺めると、両菩薩像のかざした手の違いがよくわかる。日光菩薩像の右首はしっかりと直角にかざしているのに比べ、月光菩薩像の左手はゆったりとしたゆるみを持っている。これらのかざした手の角度の違いが全体に大きな表情を与えているように感じられた。

日光菩薩像と月光菩薩像、これらはまさに昼と夜の菩薩である。医学的な解釈でみたなら、日光菩薩像は交感神経のはたらきを、月光菩薩像は副交感神経のはたらきを象徴しているかのようでおもしろい。私は治療家である、何か実際に人間の身体に影響を与えるに違いないと、早速、写真を買ってきて、治療に試してみた。もちろん患者さんには何も告げることなく。
これは不思議! 何も知らず目を閉じて静かに寝ている患者さんの身体が、かざされた菩薩像のイメージに異なった反応の仕方を示すのである! たとえば、もうじきやってくる低気圧を予兆し身心の不調を訴える女性は、日光菩薩像の写真がかざされると、左右の緊張バランスが崩れるのに対して、月光菩薩像には緊張バランスが改善するのである。もちろん患者さんは何も知らず、静かに目を閉じて仰向けで寝ているだけである。左右の緊張バランスをどのようにみているかというと、両下肢を軽く牽引し、左右の緊張度と、下肢の長さのアンバランスを観察するのである。片側の緊張度が増し、脚長差が1〜2cmくらいの差で左右ちがってくる。もちろんこれらの効果が治療になるわけではない。プロフェッショナルな治療家の手が、内在する治癒力を導くわけで、こうした不思議な効果を過大評価するわけではない。ただとても興味深い現象である。

このように身体は、言葉などの象徴的なはたらきかけを超えて、イメージや、はたまた目に見えないものに対しても反応を示す。私達は象徴化された世界に生きており、目に見える世界がすべてである。しかしながら、言葉にならない非言語的な厚みは身体的なコミュニケーションの場となっており、いわば透明な<肉>(メルロ=ポンティの概念)となっている。私達はこの言語によって対極化された無の世界を基盤に、有の目に見える世界を生きている。
神秘的な世界と言ってしまえばそれまでではあるが、垣間見る透明な世界に、わたしたち治療家が活躍する場がひらけてくる。感性というレーダーを頼りに手探りで進むことも、治療家にはだいじなことである。
映画「大いなる陰謀」を観ました
 原題はLions for lambs、R.レッドフォードがこの言葉を使うところがあったのですが、その意味を聞き逃しました。いつかまたDVDで観ることがあったら確認してみたいところです。映画のストーリーは観ていただくとして、私なりに感じたことを書かせてもらいます。

 「歴史に関わる生き方」とはどうゆうことか、R.レッドフォードが問い掛けているように思えました。歴史とは人生の織物のように思えるのです。はたして自分の人生が歴史に関わっているのかとなると、大いに疑問となるところです。映画では、黒人とメキシカンという貧しいマイノリティ層からはい上がり高度な教育を受けている二人の大学生が、アフガニスタンでの対テロ戦争に志願して行くのですが、社会のエリートとして高い給料と地位が約束されている他の大学生仲間の驚きと、担当教授(R.レッドフォード)の複雑な思いが場面に描かれています。彼らの動機はアメリカの社会を変えたいという強い志なのですが、それが歴史に関わる自らの行為として、対テロ戦争への志願となっているのです。

 私の愛読書の一つ、司馬遼太郎が描いている幕末の志士達の姿が重なってしまいました。これまで数え切れない若者達の死屍累々が歴史をつくってきましたが、今でもそれが他の国で続いているのです。日本のかつての志士や、太平洋戦争で散った若い兵隊さんの姿を、アメリカの若者に観るような思いでした。こうした強い志は、社会を変えたい、国のあり方を変えたいという熱情なのです。

 私がアメリカの地に初めて降り立った夏の日、カリフォルニア州の日系人の子弟達がキャンプをしているということで、私も縁があって連れられていきました。時差ぼけの辛い日を一週間近く、森の中で彼らとキャンプ生活を楽しむことができたことは本当に幸運でした。そのときの新鮮だった驚きは、毎朝、国旗の掲揚と国歌を合唱する光景でした。またある時には、顔立ちはまったくの私と同じ日本人なのに、”I’m an American.”と女の子に言われたとき、ハッとアメリカそのものに直面させられたような気持ちでした。彼らは生まれ育ったアメリカに敬愛と忠誠の念を秘めていることを、アメリカ生活の中で思い知らされました。”Go for break”とヨーロッパ戦線で多大な犠牲を払って解放戦線で勝利していった、日系人二世の志願兵だけで編制された部隊の活躍も彼らに受け継がれています。

 決して愛国心を戦争にからめて賛美するつもりではないのですが、R.レッドフォードの問い掛けを受けとめてみる必要があるように思えます。歴史とは私達の日常の生活と関係なく、いやおうなく私達を押し流してゆく圧倒的な勢いとして、ときには戦争へと駆り立てていく権力の力なのでしょうか。時代なんて関係ない自分は自分の生き方をするだけ、それが自由なのだからと、高を括っていられるのでしょうか。どんな時代であれ、出来事にみずから立ち会い、そこで私達が何をなし得るのか問い掛けていたように思えます。映画では、歴史に命を奪われるまさにその時に歴史に織り込まれた二人の学生の最期と、教授の問い掛けに心揺さぶられた学生の姿で終わっていました。R.レッドフォードはたぶんこう言いたかったのではないだろうかと思うのです。「歴史は創られているのです。何かをしなければならないと感じる志をもつとき、いつでも私達は歴史と結びつくことができるのです」と。
 しかし、歴史に名も残すことなく、命を奪われ死し若者の姿は、悲惨な最期として映ってしまうのですが・・。それでも、何かをしなければならない状況に身を投げ入れる彼らの決断と勇気こそが、歴史を創ることになるのであろうと思わざるを得ないのです。


 ところで、歴史とは時の権力者がもたらし、後世の権力者が都合よく書きかえるところの大きな出来事なのでしょうか。私達の日常的な小さな出来事は、いやおうなくそうした大きな力に影響を受けざるを得ない非力なものなのでしょうか。
こうした問いに対し二十世紀の思想家達は、戦争を生き残った者として、犠牲になった何百万人もの霊魂を慰め、大戦によって荒廃した精神世界をいかに再生するか心を裂いていたように思えます。学ぶべきところがとても大きい思想家達が多く出ています。メルロ=ポンティはその一人です。

 私達の志に基づいた小さな出来事は、たがいに鏡で映し合うように反射し合い大きな仮像(表象)を創造し、この仮像こそが歴史を生起する場となると、メルロ=ポンティは述べています。権力者の行為が歴史の帰結をもたらすのではなく、それに対する大衆の反響で生じた仮像から歴史が創られていくというのです。そして私達一人ひとりは、歴史のもたらす帰結を自分の行為の結果として引き受けざるを得ないというのです。たとえ政治に無関心を装っていても、その帰結をいやおうなく引き受けざるを得ないということにもなるのでしょう。終始、受け身のまま生きていくのか、それとも、歴史に関わる意志をもって生きていくのか、心を揺さぶります。

 マニュアルメディスンの会員に、沖縄のジュゴンや珊瑚を救おうとさまざまな活動をしている澤田○○介先生がいます。いつもニュースを送ってもらうたびに、志をもって実際に行動されている方々に敬服させられています。

 治療家として、また一人の日本人として志をもってできることとは何かと考えさせられています。

心の被膜と心の揺さぶり:皮膚は心の被膜?
・私の身体は世界と同じ肉でできている。(メルロ=ポンティ1960年研究ノートのメモ書き)

「私たちは他者と交わることでさまざまなことを学びますが、それは他者の振る舞いをまねることから始まります。人に共感し、模倣し、そして他者に同一化することもあります。その結果、他者への同一化は自らの中に複数の他者を招き入れることになり、どうしても自己の同一性がぐらついてきます。それでもなんとか折り合いをつけることで、なんとか穏やかな心で自己の同一性を保つことができています。」
(河野哲也、脳から身体・環境へ、「心/脳の哲学」を参考にして)

心は揺れ動くことはあっても一つにまとまって、穏やかな心でいられることはありがたいことです。心はなにかに包まれているように保護されているような印象を持ちます。オブラードされているとでも言いましょうか。しかし、心の保護膜が部分的に弱いところをだれしも持っていますので、そこを衝かれると、ある程度の心の動揺は避けられないところです。

精神科医の神田橋條治先生の勉強会に顔を出し始めた頃、カウンセラーの方々が神田橋先生のお話を聞いただけで心が揺さぶられ、ときには体調も崩されると話されることを耳にして驚かされました。一緒に勉強会に参加した知人もまた、なぜか心が動揺させられたようで、私一人、自分の鈍感さを思い知らされたような感じでした。

心が揺さ振られることによって引き起こされる身体症状の不可解さについて、その後、心を病む患者さんに接する機会が多くなるにつれて、ますます不思議なことと思えるようになったのです。
心を病む患者さんを治療した後に、とくになにか刺激を与えたわけでもないのに、思いがけないほどの反応がでてくることもあり、心と身体の不思議な関係について考えさせられます。
心の病む人達の心は大きく揺さ振られやすく、まるで心に嵐が起きているかのように荒れ狂うことさえあります。まれなことですが不可解な心と身体の現象を見ることがありました。いつもは静かで淑やかな方が、なにかの揺さぶりで、心のなかに嵐が起きたように激しく感情が揺さぶられ豹変する女性がいました。また、意識がもうろうとして、身を苦しそうによじりながら野獣のようなうなり声を出す男性もいました。こうした場面に出くわしたときの驚きとショックはもちろんあるのですが、それでいて心の世界の激しさを、醒めた目で観察している自分がまたいることに気づかされます。

心が揺さぶられるということとはどうゆうことなでしょうか・・・

何気なく交わされた言葉に、保護膜で被われていない露出された心の一部に、ひどく刺激を受けてしまうのでしょうか。

心は卵の黄身ように透明な白身(卵白)から被われているように考えてみました。白身の部分は、成長発達してくるさいに親や周囲の身近な人達から保護されてきた親しさや愛情のようなものです。他者との交わりは砂遊びや幼稚園から始まりますが、そこでいろいろと人との交わり方を自然に学びます。保護されていた家族から離れ自立するようになると若者はそれなりに苦労をしますが、それでも周囲の人達との間に培われる暗黙の信頼感・安心感によって、みずからの役割を自覚していきます。「人間」という文字が示すように、たがいに支え合う人として、人と人の間にある暗黙の関係を身につけていくわけです。

同じ学校で学んだもの同士という同窓意識、同じ郷土で培われた郷土意識のようなこともそうでしょう。同じ言葉を話していることも、言葉を媒体にして共同意識を形成しています。“同じ釜の飯を食った仲じゃないか”と言われるようなことも、人と人の間におたがい融合できるつながりがあります。おたがいに信頼し庇い合える関係を培っていきます。

人と人との間で共有し合っている透明な媒体、それは共同意識とでも言えるあたりまえに感じている(自明性なる)自然な関係です。言葉で表現するまでもなく、おたがいに通じ合うことができる関係です。こうした関係は、長いことおたがいが時間を共有し合うことで培われたものです。

人は暗黙のうちにたがいに保護し合っている暗黙の安心感のつながりで生きているようです。メルロ=ポンティの哲学も、たぶんこのようなことを言っていたのかも知れません。

心の保護膜となっている人との関係が薄れたときに、心は傷つきやすくなるのでしょう。
心の被膜となっている他者への信頼感、それが希薄になると妙に過敏になってしまうのでしょう。そこへ他者が接近してくると、無防備なるゆえに他者の侵入をまねき、思わぬ動揺と混乱をもたらすのでしょう。触れられて欲しくない傷に、不用意に触れられるようなことかも知れません。人への暗黙の信頼感という被膜から心が剥き出しになって弱くなっていることに問題があるように思えます。

ほんの軽い治療で済ました初診の患者さん、治療の後に、いつもの頭痛とはちがって、たいへんつらい頭痛が2週間ほど続いて、治療を続けていくことが怖くなったメールがありました。まれにこうした思いがけない反応が出てしまう方がいます。症状が悪化したと思う方は、たいてい治療を継続しなくなるでしょう。幸い、この方は、紹介してくださった方の強い勧めで、また治療に来てくれました。二回目の後は、一駅一駅降りては休んで帰るような状況で辛さはありましたが、三回目、そして四回目にはほとんど反応が起きなくなりました。むしろ不安感もなくなっていくようで、ポジティブな考えが多く出てくるようになったと喜びに変わっていました。激しく動揺した後、新たな平衡を得ることができたのでしょう。現象的にみれば、新たな平衡にいたるための揺さ振りとなったのでしょう。

精神科医の神田橋條治先生に次のように尋ねてみました。
“本質的に患者さんの抱えている苦痛が心の問題として大きいときには、心の不安が身体的に表現されるのでしょうか。治療がそうした不安を揺り動かしたときに、身体的に表現されるかたちで症状の悪化となるのでしょうか?”
神田橋先生は、『心と身体を分けて考えていけません!』と、眼鏡越しに私に視線を投げかけながら答えてくれました。それから高名な精神科医である中井久夫先生の話だとして、システムをいじるときには末梢から始めた方が良いということを話されました。たとえば指先の刺激からというのです。末梢の小さなフラクタルの変化は、いつか大きなフラクタルの変化になるからだというのです。
フラクタルというのは、ある図形の一部を拡大すると、それが全体と相似になっている図形のことを言いますが、微視的な世界から巨視的な世界までおなじ幾何学的なパターンの繰り返しとなっていることを言っているわけです。たとえば、鏡を二枚置いてたがいに映し合うと無限に映し合う状況が生まれますが、まさに入れ子のような繰り返しになります。
たとえ局所的なパターンの変化であってもいつか大きな変化となって表れることになるというのです。こうした変化が急激に引き起こされる患者さんがいるということを、神田橋先生はおっしゃったのでしょう。心と身体を分けて考えることなく、フラクタルなパターンの織物として、神田橋先生は人間を観ているのでしょうか・・・


治療家としてさまざまな患者さんに接してきて、確かに心と身体は一つであることを実感させられます。でも、考えを推し進めていくうちに、やはりデカルト以来の心身二元論的に心と身体を分けて考えてしまうパターンに知らずに入っていってしまいます。意味を見いだしそれを説明するためには、どうしても心と身体を分けて考えた方がわかりやすいということがあるのです。これも、人と人との間にある常識として通用しているからなのでしょう。

卵のモデルをイメージしますと、さきほどの卵の白身の部分としての身体の役割を考えることもできます。そして目に見える身体にはさらに透明なる媒体が重なっています。この透明な媒体としての観念は、メルロ=ポンティが<肉>とした表現に通じます。この透明な媒体は身体を超えて自由に広がりをもつことができます。相手の身体にさえ感覚的に入っていくことができるものです。竹刀が身体の一部として、切っ先にすごみのある意識を発するということもできるわけです。車の運転が上手な人は、車体がすべて自分の身体<肉>となっているのでしょう。

透明な媒体、いわゆる気と表現できるかも知れませんが、私は神経学的な考察として“注意をはらう”はたらきとしてみていけるのではと思っています。意識的あるいは知覚的な注意だけでなく、いわゆる無意識下での身体的な気づきとしてのはたらきもあるでしょう。
身体呼吸療法では、呼吸に相手との繋がりを求めます。施術者と患者の呼吸の違いは、身体的な気づきとして、無意識下でお互いに通じ合います。

身体の内奥に息づくかすかなリズムに触れることができたとき、相手の身体には自然に変化が起きていきます。身体の正中に起こる上下方向の内圧変動として触感できるのですが、これは腸管の平滑筋が呼吸リズムと同調し内圧変動を起こしていると考えています。
まさに内臓器官にたいして接触をはたしているようなものです。腸管の内圧変動は、頭蓋内圧の律動へと直結します。かすかなリズム的な動きを共有し、内側から揺さ振りをおこしていると言えるでしょう。
はじめてこうした介入を受ける身体的な感受性の強い患者さんには、やはり大きな影響を受けざるを得ないのかも知れません。心の被膜としての保護が希薄になった状態では、鋭敏に伝わってしまうのでしょう。

精神科医の神田橋先生にお会いした翌日、クラニオセイクラル・バイオダイナミクスを翻訳され指導にあたっている森川ひろみ先生にお会いしてお話しをうかがうことができました。はば広く顔の利く和田健先生と、身体呼吸療法歴5年とベテランの領域に入ってこられた青木弘好先生が取りもってくれた食事会でした。
森川ひろみ先生のお話では、自然治癒はまったく患者(クライエント)さん自身によるものですから、患者さんにすべて任せて進めていかれるということで、“どの方向から声が聞こえてきたらいいですか?”と患者さんに最初に訊ね、指示のあった位置で、セラピスト自身がニュートラルになる作業や、場の構築、触れるためのOKを待つというのです。クライエントさんの中には、セッション(治療)の始めから患者さんのOKがでるまでだいぶ待つこともあるそうです。その間、森川先生は自身、ニュートラルになり、自然なるままに待つそうです。これほどまでに鋭敏な患者さんがいることを、あらためて実感させられました。とにかくいろいろな患者さんがいます。そうした患者さんのことを理解して、幅広いアプローチを考えていかなければならないということになるのでしょう。和田さんと青木さんのおかげで、森川先生との良い出会いの会食なりました。

森川先生の話されたニュートラルになるという感覚は、なんとなく私が赤ん坊に接して治療する感覚と通じるような感じがしました。私もこれまで、自分自身が安定して患者さんに接することができるように、いろいろとやってきたことが思い出されます。最初は、一本歯の下駄を履いてバランスをとったりしていました。また、片足立ちで1時間立ちっぱなしの気功法を夜の公園で黙々とやっていときに、雨の滴が輝きをもって見えたことがありました。あの感覚はこれまで体験したことのない輝きでした。それに、山奥の露天の秘湯でお湯につかってはまた石の上で身体を冷ましたり何時間もやっているうちに、樹木の緑が鮮明な輝きをもって見えてきたりもしました。ニュートラルになるということは、透明な空間に浸ることができることかもと感じています。

<肉>という概念でメルロ=ポンティが示した世界と人との間の透明な媒体は、自然的な素材としての肉体から、感覚的な主体としての身体、そしてさらに心の次元を超えてさまざまなスペクトルを見せてくれます。

長野の伊那市で身体呼吸療法を長いことやっておられる伊澤勝典先生がいらっしゃいます。伊澤先生は私の始めた身体呼吸療法にたいへん興味をもってくれて、長年、身体呼吸療法をやってこられた奇特な先生ですが、いわば身体呼吸療法に関しては四天王の一人と言えます。名古屋と京都を中心に若い先生達にここ何年か身体呼吸療法を指導されています。その研修会に招かれて伊澤先生の研修会に行ってきました。

伊澤先生はかねてから精神療法とのつながりが深く、心を病む人達の治療に関しては私の先を歩いていましたので、彼から教えてもらえることも多いのです。この伊澤先生が自分自身の触感覚についてたいへん興味深い話をじっくりと聞かせてくれたのです。それは皮膚が内界と外界の境界域として、どくとくの感覚域をもっているというのです。外気圧と内からの内圧の狭間に感覚が入り込むと、たいへん奇妙な心理状態に陥りやすくにもなる、と言うのです。
「境界の領域はほんとに危ないんです・・・。 自己が不安定だとなにか戻って来れないような感じになってしまうこともあります。 感覚の閾値が桁違いになるようです。
内圧面の壁と外圧の壁の間に、私がいった皮膚の領域の世界があります。 あたりまえのように感じている時間の感覚が無い世界です。・・・この話はしてもわかるのは大谷先生くらいでしたから。(日本古来の「筋膜療法」を伝承されている大谷周作先生)」(伊澤勝典談)

伊澤先生が私の前腕に触れてくれてその感覚を伝えてくれたときに、私も一緒に自分の皮膚の感覚領域に入ってみました。そうしたら私の皮膚の基底に薄く硬い膜が一枚あるような感覚が伝わってきたのです。伊澤先生が言うにはこの私に特徴的な膜が、前胸部でとくにはっきりしているというのです。その後、お風呂に浸かりながら、胸の皮膚に感覚を投入してみると確かにそうなんです。私が数年前に喘息になったことと関係しているのかも知れません。

伊澤さん達と名古屋で分かれて、翌日、あのときの感触を思い出したりしていました。「痛くてしょうがない、なんとか時間をとってもらえないか」と患者さんから電話が入ってきました。元気な患者さんに予定をキャンセルしてもらい、その患者さんをみてみました。左腰部と下肢痛のある男性の患者さんで、20年来の不眠症にも悩まされている方です。痛みは良くなっていたのですが、足の骨折があってボルトを埋め込んでいるために、それを取り出すために入院していました。入院している間にまた痛みがひどくなり、寝てもいられないというので、抜糸したところで病院から抜け出してきたのです。
この男性を横にして痛みのない姿勢をつくりだして、落ち着かせている間、腰に吸い付くように触れていましたら、なんども地震かなと思うほど自分自 身が揺れているような奇妙な感覚に襲われたのです。なんども周囲の揺れを確認するほどだったのです。患者さんの皮膚境界域に入り込んでしまったのでしょうか・・。それとも私の不安定性が揺さ振られたのでしょうか・・。私が不安定であったのか、あるいは患者さんの組織の不安定性に私が同調してしまったのでしょうか。

心と身体の揺さ振りに会ったような奇妙な体験でした。
二つの極の間で
感性と理性

「人間は一本の考える葦にすぎない。自然のなかでもいちばん弱いものだ。だが、それは考える葦である。
空間的に見れば、宇宙はわたしを一点のように包み込み、呑み込んでしまう。しかし、わたしは思考によって宇宙を包み込むことができる。」

パスカルの言葉から、人間の尊厳さが心に響いてきます。

ただパスカルは、知るということが単に好奇心だけのことだとしたら、それは自慢話になるだけで、愚かな虚栄心に過ぎないとも戒めています。(こうしてブログを書いていることも、ひょっとしたら虚栄心なのかとも心配になってくるのですが・・)

さらに、パスカルは思考のしかた、あるいは精神のありかたに二つのタイプがあると語っています。

「感情によって判断することになれている人は、理論的なことがらについてはなにひとつ理解しない。つまり、そういう人は、いきなり直観でみぬいてしまおうとし、原理を探り求めていくことになれていない。ところが逆に、原理によって推論することになれている人は、感情についてはなにひとつ理解しない。そこに原理を探り求めるばかりで、見ることができないからである。」

パスカルはこの二つのタイプを、「繊細さの精神」と「幾何学の精神」と呼んでいます。パスカルは、この二つの精神で、ものごとをみていくことが大事であるとしています。幾何学の精神の意味は、ものごとを原理的・論理的に考えるという理性的な精神ということでしょう。

私たちの治療家の世界でみれば、こういう言い方になるかもしれません;
人をただみるだけの人は、それ以上に深く学ぼうとしない。
理論が先に立って治療する人は、患者をみることをしない。

私自身もどちらかに偏りすぎる傾向がありますが、やはり感性と理性との両輪が、正しくまっすぐ進むために必要なことかと思っています。


京都大学教授の小田伸午先生とお会いする機会を、実力派カイロプラクターとして一目置かれています神戸の石田昭治先生がつくってくれました。石田先生の元町の治療所には、プロ野球選手から学生スポーツ選手まで実に多くのスポーツ関係者が訪ねてきます。そうしたスポーツに縁の深い石田先生が、身体運動に独自の理論を築き、オリンピック選手など一流のスポーツ選手の能力を開花させている小田伸午先生を招いて、指導を受ける機会をもうけてくれたのです。お昼から夜遅くまで、小田伸午先生の陽気な語りと身体運動のご指導をたっぷりと堪能することができました。

小田先生は、両下肢を二軸にした身体運動の重要性を指摘され、片下肢を軸にした運動では身体運動の流れが途切れてしまい競技スポーツにおいては致命的な欠陥となると述べられ、いろいろなスポーツを例に間髪を入れずに作動する二軸運動のすごさを実感させてくれました。たとえば、ボールを蹴るとき、たいていは左下肢を軸に右足で蹴り出すでしょうが、この動作では、左下肢に軸足をとる動作と、蹴る動作の二つに分かれたものとになります。これに対して、外国の有名サッカー選手は軸足となる足を宙に浮かべたまま、片方のスイングする足でボールを蹴っています。このようにある目的を一つの動作で可能にする身体の使い方が、小田先生の主張される「常歩(なみあし)・二軸動作」を応用された動きなのです。
通常の私たちの歩き方は、片足が軸足となって地面に接地し、片側の股関節のある骨盤部位が前方に運ばれる間、他方の股関節部は骨盤全体の回転にただまかせたように受け身的で、いわば後にとりのこされるような時間の遅れをもちます。小田先生の指導される「常歩(なみあし)・二軸動作」は、この片方の受け身的な動作は許しません。間髪を入れることなく、両下肢それぞれの運動軸の変換がおこなわれるのです。片側が動き始めたときには、他方も間髪をいれず先をとるように準備に入っているのです。

北京オリンピックのソフトボール競技で、金メダル獲得に驚異的な活躍をした上野由岐子選手のピッチングをYou Tubeで観ることができますが、彼女も左足を踏み出した瞬間にはすでに反対側の骨盤が前方に勢いよく飛び出す状況にあって、間髪を入れずに、右上肢でボールを投げる動作と一体となって打者に向かって爆発しているのがわかります。

私も、柳生新陰流兵法剣術の“返し”といわれている斬る動作をみてもらいました。これは相手の太刀を頭上で合い懸けたまま(はねあげて)進み、相手の太刀に当たって後方にまわった太刀の切っ先をそのまま直線的に返して斬る動作です。返しのとき、後ろ足になっている側の股関節部を回転させて斬る動作になるのですが、前に進みながらでも、後にさがりながらでも使うことができます。このときの身体の動きを喩えて言うと、左右どちらかでも開閉できる冷蔵庫のドアのようなものです。左右の軸を、間髪をいれずに交互に変換させ、進んだり、後ろにさがったりする剣術の動きです。
私の動作は、胸椎の弾力的な動きが硬いために、太刀を振り回す動作になっていて、遅いというのです。後方から返す太刀が、相手のこめかみにまっすぐのびる直線的な動作に欠けている、と指摘してくださいました。

小田先生の指摘を受けて、胸郭を弾力的に側方屈曲できるように、袋竹刀を横にして背中にまわして、稽古の時には柔軟体操をやり始めました。
それから後日、柳生新陰流兵法の新しく二十二代目宗家となられた柳生耕一先生に見てもらったときには、とくに後ろにさがりながらの斬る動作で、股関節部の前方回転とともに、他方の退く足の土踏まずを床に圧しつけて斬ることの指導を受けたところ、切っ先が驚くほど走ることがわかり、柳生先生から“ホーッ”と声が出てくるほど動きが良くなりました。まさに技とは、身体が一つに統合された動きになったときに出てくることが実感できます。下腹部にある身体の中心に、動作の目的がすべて収束されるところから生まれる動きです。

(ところで、剣術の話まで出て、私はいったい何を語ろうとしているのだろうか、たんなる虚栄心のようなものかと案じつつ、とりあえず最期まで続けてみます。)

小田伸午先生の「常歩(なみあし)・二軸動作」を引き合いに出させていただいたのは、股関節を通る左右の軸を、間髪を入れずに変換させて行う動作、そこに驚異的な動きが生じるということなのです。一、二という途切れた動作ではなく、イーチという動作なのです。イーチの“ー”は、ま(間)です。間は連続する動きになっているのですが、このとき左右の軸が途切れなくはたらいて、相手(対象)に向かって中心を前にしっかりと据えるはたらきをしています。この独特の間は、いわば呼吸でもあります。一つの呼吸で統合された、途切れのない動作を行うわけです。この間は途切れがなければ、たとえ緩やかであっても、相手を制する勢いを持ちつづけます。

身体は左右対称的な形をもっていて、歩行にしても、視覚系にしても、脳にしても左右で常にはたらきが変換し合う極(あるいは軸とも言えるでしょうが)の間で揺れ動くように、極(軸)の間でなにか中心的なはたらきが創発されているということになると思います。

しかもおもしろいことに、身体は完全に対称的ではありません。顔半分を左右比較しあってもわかるように、微妙に表情が異なります。視覚も左右に微妙なずれがあることで、立体的に世界を見ることができるとされています。

左脳・右脳もまさに対称的であってもそのはたらきの非対称性から、実に多彩で豊かな心のはたらきが生まれているのだろうと思うのです。

今回は小田伸午先生のご指導をいただき、これまでとは違う身体の使い方を学ぶことができました。こうした貴重な機会を設けていただいた石田昭治先生に感謝です。
石田昭治先生はもともと武術家で、カイロプラクティックのアジャストメント(矯正)に武術の動きの原理を適用した方法論をマニュアルメディスン誌に寄稿していただいていたのですが、今回この機会を利用し、石田先生のお考えと実技をじっくりうかがうことができました。武術的な身体の使い方が矯正に活かされた名人技とでも言えましょうか、小田先生の二軸運動論にも通じる理(自然)に叶った身体の使い方を拝見することができました。やはりこうした名人技といった感覚的な世界は、文字だけからはとうてい理解し難いところがあります。

私自身これまでの新陰流剣術の稽古から、相手を真っ直ぐに斬るのではなく、眼前に映る自分の正中を斬るようにいかに真っ直ぐに太刀を自然に斬り落とすことができるか、そして自然に落下する太刀の勢いが何にもましてすごいかを実感していたのですが、今回の小田先生と石田先生のお話を聴いて、治療に活かす技として一つ確信を得るところがありました。まさに新陰流の活人剣ならぬ、治療のための活人技の一つにしたいと思っています。
見の目、観の目
“迷いも葛藤もない”、という人はいないわけです。

私たちの心はいつも揺れ動いています。それでいて自分は一人というまとまった感覚があります。統合された心、とでもいえるかも知れません。葛藤する心のはたらき、そして一つにまとまろうとする心のはたらきがあるようです。ポジティブ(プラス)とネガティブ(マイナス)が絡み合って、互いに打ち消し合うのではなく、なにかを生みだそうとする力があるのでしょう。新たな創造です。心の葛藤はそのためにある、そんな気がしてきます。

日常的な生活のさまざまな状況や場面では、創造性というよりも自発性、なにか場の流れにのった即興性によってまとまりが得られるような気がします。場との自然な一体感、とでも言いましょうか。

葛藤は、自分だけの問題としてうちに閉じた状態にしているために解決できない閉塞状態から生まれているのかも知れません。『なにかが開く』、場に開くということが必要なようです。心がひろがりをもつということになります。

考えていてもうまくいかない、それではとにかく行動してみようということになります。でも、どう踏み出すか判断がまちがったらなお一層困難な状況に陥ってしまいます。ただやみくもに突っ走っても、いかんともしがたいところです。「頭を使え」と言われそうですが、もともとあれこれ考えてうまくいかなかったところに、また頭を使ってみろと言われてみても・・、となるわけです。

このときの「頭を使う」ことはどうゆうことなのでしょうか。

たまたまライフセーバーの人達が競技をやっている様子をテレビでやっているのを観ました。沖のブイを一周して帰ってくる競技でしたが、ある一群はブイに向かって一直線に進んでいくのに対して、他の人達は砂浜を横に走り出すのです。後者のグループはブイから遠ざかることをいとわず何を求めていたかというと、離岸流という岸から起きに向かって帰って行く潮の流れを見いだそうとしていたのです。海で泳いでいるときにこの離岸流に入ってしまうと、どんどん沖へと流されてしまった経験はないでしょうか。結局、こうした地の利を活かす状況判断が勝敗に大きく作用することになります。頭の使い方の一つがここにあるわけです。

問題をまっ正面にとらえる眼と、ひろくまわりの状況を観察し判断する眼が必要ということになります。

剣術の世界でも、「見の目と観の目」として教えられているように、相手の動きをただ見る眼だけでなく、闘いの場や状況を観る眼をもっていなければならないとされています。
まさに左脳と右脳の判断が絶妙に相まって、状況に応じた即興的な身体的なはたらきを発現させているわけですが、それ以上に大脳皮質下を巻き込んだ全脳的なはたらきがあってのことです。
「見の目」は、視覚的な大脳皮質のはたらきがベースになるでしょう。「観の目」は、中脳の上丘・頭頂葉、それに大脳辺縁系や島、前頭葉などのひろい領域がベースとなり、いわば氷山の一角に過ぎない「見の目」を、目に見えないところの意識下で支えているのです。見えるものだけを見ているだけでは、大きなものを見落としてしまうのです。

いわゆる私たちが両眼で見ている世界、これは両眼からのびた視神経が脳下垂体の前で視交叉となり(網膜の内側・鼻側からきた神経線維は交叉し、外側・耳側からきた神経線維はそのまま同側を進み)、左側の視野が右脳の視覚皮質へ、右側の視野が左脳の視覚皮質へと、それぞれ視床の外側膝状体を中継して伝えられています。そして後頭葉の視覚領域から、下側と上側との二つの流れに分岐して情報処理が進みます。すなわち、”What pathway”(なに?経路)と “Where pathway”(どこ?経路)と呼ばれる二つの流れです。前者は、見ている対象の形とか色彩に関わる情報処理の流れで、側頭葉へ向かって進みます。見ている対象が何であるか、これはこれまで蓄えられてきた記憶とも関わっていますので、下側の流れに沿って情報の処理が行われるわけです。後者は、空間的な位置関係に関わる情報処理に関わることで、対象の動き、速さ、方向などの運動情報の流れで、頭頂葉に向かって進みます。頭頂葉は、立体的な空間で対象物に対して、手でどう扱うかに関わってきますので、手で触れようと腕を伸ばすことを可能にするための視覚情報処理となります。頭頂連語野の領域には身体的な体性感覚情報が集まってきますので、自分の身体的なイメージもつくられるのです。

剣術の習いはじめは、太刀の切っ先に意識(注意)がありませんので、切っ先が相手になかなか届きません。切っ先で相手を斬れないわけです。どうしても拳が最初に落ちてきて、切っ先が延びないのです。下手なうちは、頭でなく眼を打ってしまうことがたびたびです。これも自分の上肢を基に頭頂葉の操作情報がつくられているからです。太刀も自分の上肢の延長として自然な感覚になるためには、脳に描かれた地図(操作情報)が柔軟に変貌できるようにならなければならないのです(神経の可塑性です)。

何経路(視覚腹側経路)の情報は、さらに側頭葉の内側へとひろがり、海馬や扁桃核を中心にした大脳辺縁系とひろがります。大脳辺縁系は情動に関わる機能システムとされています。生き物が生存に関わる危険性を評価することから発達してきたところです。

剣術の稽古では相手に殺気を感じるとまではいきませんが、真剣に稽古に励む先輩には、今まさに振り落とさんとする太刀の勢いを感じることができます。こうして真剣に立ち会ってくれる稽古になると、充実感があって楽しいものです。

さて、視覚系の二つのルートを簡単にみてきましたが、こうした情報の流れは最終的に前頭葉の連合野に進むことになります。前頭連合野は、自らを制御するところであり、それに基づいて外界へのはたらきかけがなされます。外界に自らを表現することになります。心ゆくまで自らが表現できたときには、充実感や爽快感があるわけです。このことが、心が開くという感覚に通じるものです。場と一体化した自己表現ということになるのでしょう。

自らの内にあることを素直に表現できることが精神的に良いことです。愚痴や弱音を吐いても良いのです。ただ人としての最高の自己表現は、人が喜んでくれる役割を果す自らの喜びということになるでしょう。

見の目、観の目から話がだいぶ逸れてしまいましたが、こうして世界を現実に見ていることがどのようにして起こっているのか、それに観の目の意味するところがまだ明らかになっていないような気がします。

視るという認知機能は、溢れんばかりの光と影の世界に、生き物が生存に関わる情報を抽出し蓄えてきた記憶を基に世界を再構築してきました。脳の中にスクリーンがあってそこに映しだされた世界を、私たちの心が視ているわけではないのです。スクリーンはあくまで外界の世界です。外界の世界に自らに意味するところを抽出して認知しているのです。

メルロ=ポンティは次のように述べています。
私達はすみからすみまで世界との間で張り巡らされた無数の志向の糸で結びついています。客観的な思考方法でどのように還元を繰りかえしても、世界と私達の間に張り巡らされた志向の糸のいっさいを断ち切ることはできないのです。世界という超越は湧き出し続け、意味を分泌し続けています。この意味を分泌している始原的な現場にこそ立ち合わなければならないといのうのです。客観的な世界のてまえで生きられている世界へと立ち返る必要があります。客観的な世界のてまえで生きられている世界とはまず、知覚された世界のことになるのです。またこの知覚された世界を語ろうとするときには、詩人が詩を紡ぎ出すように、言葉が流通する場面のてまえに身を置く必要があるとも述べています。世界との関係は、思考されるまえにすでに生きられているのです。

またメルロ=ポンティは、最初に捉えた風景には、いわば全体の表情というゲシュタルトがあるというのです。そして個々の対象物の意味は、全体の表情によって支配されるといいます。全体の表情をどう読んでいるかは、観る側の意識に上らない身体的な感覚との共振が大きく影響しているというのです。全体の中には個々の構成物が醸し出しているもさまざまな表情があるはずであり、それをどう捉えるかは、見る側との感覚的な交流によって浮き上がるものであると述べています。

まさに、「観の目」について語っているような印象をもちます。「木を見て、森を観ず」であってはならず、森を観て木を見ることが自然なわけです。最初から個々に執着していてはうまくいきません。剣術の稽古でも細々と指導してくれる先輩もいるのですが、最も優れた指導者は自らの動きを型をすべてみせてくれる方です。

ところで、脳の視覚野に損傷があって見えないと言っている人達でも、眼前で一瞥してもらったものを、とにかく選択的に選ばせると、かなりの確率で当たることが明らかになりました。盲視と呼ばれている現象で、意識に上ることはなくとも、無意識的に情報処理がなされている証拠です。
大脳皮質が発達していない生き物では、中脳の上丘が視覚中枢となっています。ヒトでもこれが遺されていますので、ここから視床枕を通して頭頂葉へと進む経路があり、素早い動きを感知していると言われています。このように気づくことなく見えていることがあるのです。視覚に頼らず、見る意識を持たずとも、身体が動けるような剣術の使い手になれる可能性があるわけです。私のなかの子ども心を揺さ振ります。

現在、脳神経科学の分野では、情報処理の過程でいろいろな要素に分解された外界を、またどう統合するかという結合問題で行きづまっています。膨大な数のニューロンがたがいに情報を伝達し合うわけですが、電気の配線のような神経線維による伝わり方からして、いわばスーパーコンピューターがいくつもつなぎ合わせたような情報処理の仕方であったとしても間に合わない膨大な情報量にちがいありません。さまざまな領域でのニューロン群の活動が、あるリズムによって同調しあってはたらいているとする仕組みも考えられてはいますが、まだまだ解明できていません。


「見の目」とは目の前の現実を見ている目と言えるでしょう。これに対して「観の目」とは、その状況や雰囲気など、目に見えないところを観ている目ということでもあると思います。視覚的に認知できないところのものを観ているということになります。剣術で言えば、状況の移り変わりや、相手の心の動きということになるのでしょう。
柳生新陰流では、相手のいいように斬らせて、相手を知らずに自らのシナリオに誘い込むところがあります。「三学圓の太刀」という代表的な型では、ここに斬ってきなさいと誘うような待つ構えから構成されていきます。最期は相手の斬り込んできた太刀に載って勝つことを神髄とするのです。“さあいらっしゃい”と相手を知らずのうちに誘導していく剣術なのです。
相手の太刀に載って勝つという表現はたぶんわからないと思うのですが、これはたとえば相手が頭上を斬ってくると同時に自分の中心を進ませ太刀の下に入り込み、まさに頭上に斬りかかる間において、一拍遅れて自分の正中を斬る太刀で迎え撃つのです。本物の真剣がピュッと閃光を発して落ちてくる中に身をゆだねることはかなりの勇気でしょうが、昔の人はできたわけです。
前に一度、自分の太刀と身体が一体となって、刀というよりも巨大なナタになったような感じになった体験をしました。自分が巨大なナタになったようなものですから、相手の太刀を簡単に弾いてしまうわけです。こうした境地ではまったく恐怖というものを感じることはないんだなあと思ったことがあります。もっとも私たちは竹刀袋で稽古しているわけではありますが・・。
相手の太刀に載って勝つ、これは物理的にも理に叶っています。相手の伸びきった上肢と太刀は身体の中心から外れていますから、たとえ間をおいて遅れて斬りだしても、自分の中心と一体となった太刀の力強さは数段も上です。こうした一瞬に柳生新陰流の醍醐味を味わうことができるのです。

私が、「観の目」という言葉を知ったのは、学問の師・清水博先生の「生命知と場の論理−柳生新陰流に見る共創の理」(中公新書)であったのですが、それで柳生新陰流を習い始めた経緯があります。今から思えば子供じみていますが、観の目とは闘いの場を上から観ているような感じがしていました。鳥になったような目で状況を観ている構図です。鳥瞰的な見方と理解していたように思えます。でもまさか、幽体離脱ではあるまいし、上から観ているわけでもありません。たとえできたとしても、臨場感はあるはずもありませんから、肉迫してくる「気」を感じようがないわけです。

観の目とは、視覚だけに頼らず、全身で受けとめ、全身・全脳的にとらえる見方ということになるのでしょう。剣術の世界で言えば、「観の目」とは心を開き、場と一体となった心の眼のことを言っているのだと思います。

メルロ=ポンティの遺作となった「見えるものと、見えざるもの」で語りたかったことは、見えるものの背後にある生成過程へと意識を転換する能力を磨くことを説いていたのかも知れません。こうした見方を培っていくと、意識の背景にあったものが突然、前面に出てくるように、ダイナミックな生成過程の動きが見えてくると言いたかったのではないでしょうか。このときまさに生きている真の全体に出会う瞬間となるわけです。

考えてもなかなかできないことでもあります。
心の被膜と心の揺さ振り 2
声の響きが心の被膜に

昨日、よどみなく通る声で“ブログを読みましたよ”と、聡明で知的な印象を与えるきれいな女性のQさんが久しぶりに治療に来てくれました。彼女は、声楽家の和田みのりさんのご紹介でいらした方です。和田みのり先生は、たまたま本屋さんで私の「頭蓋療法と身体呼吸」を見つけられて、頭蓋骨の動きにとても惹かれてしまい、高い値段で迷ってしまったけどそれでもと購入されたと話してくれたことがあります。和田式発声法は、頭蓋骨を柔軟に動かして、声の出る道筋を頭頂と後頭部へ響かせ、頭蓋を一つの共鳴箱のようにして、口からだけでなく背部からそれに全身からも響きを発するという発声方法であるとお聞きしました。和田先生は、プロの声楽家だけでなく、老若男女あらゆる人達に発声方法を指導されています。この女性の方は芸大を出て、テレビの番組作りの仕事をされているというのですが、今でも和田先生のところで声楽に励んでいます。

ところで、治療にいらした声楽をやっている女性Qさんが、フランスでフェルデンクライス・メソッド(身体の動きをとおして能力を高めるレッスン)を受けてきた話をしてくれました。そのフランス人の先生が言うには、発声で自分の被膜をつくると、大舞台でも安心して歌うことができると言って、なにか身体のまわりを触れるような身振りで、彼女の被膜の歪みを直してくれたというのです。彼女が言うには、本当に発声が変わったという体験を話してくれました。

私が心の被膜について前に書いたブログを読まれて、卵の黄身と白身の喩えとから、自分を守ってくれる被膜のようなものではということなのでしたが、そのときはとても新奇な話でしたので、話の内容を切れ切れにしか理解できないでいました。

ところが今日、ときどき治療にいらしている年配のある御婦人Bさんが、また持病の腰痛を訴えたのですが、身体呼吸で触れてみますと全身的に沈んだ感触があり、右下部腰椎部で流れが詰まっている感触がありました。確かこの前みたときには、結構はつらつとした感じがあったので元気ですねと声を掛けたら、最近、カラオケして遊んでいますからということだったことを思い出したのです。

“どうして重く沈んでいるのでしょうね。心も身体も重い感じなんでしょうかね”、と治療しながら話しかけてみました。

“きっとお友達の悩みを聴いてあげたからも知れませんね。”

“そうなんですよね、人の悩みを聴いてあげると、具合が悪くなることがあるんです。とても不思議なことなのですが・・、この前もせっかく良くなっていた鬱の患者さんがお友達の悩みを聴いてあげたら、また鬱状態になってしまって・・”

“きっと自分の身になって一緒に考えてしまうからでしょうね”、という話が御婦人から出てきました。

このとき突然、昨日の声楽をやっている女性の話が思い出されたのです。
そうか、相手の身になるということは、卵の白身が一緒になることか、と理解できたのです。

“それじゃ、自分の身体のまわり透明な保護膜をつくったら良いかも知れない。イメージで自分のまわりを包むんですよ”、と即興的なアドバイスをしました。

“わからないわ! 実感が無いんですもの”、と怪訝そうな反応でした。

そうか、声楽をやっている彼女が言ったのはそのための発声なのか! 自分の声で自分を包む感じを持ったら良いんだ!

“自分の声で包むんですよ。”

“そうね、そうだったら、なんとなく分かるような気がするわ。やってみます。”

声楽の彼女が話してくれたことは、自分の声の響きで自分の身体を包む実感をもって、この卵の白身に保護膜をつくるイメージだったのかと思ったのです。


ひょっとしたらこの方法は良いかも知れません。
さっそく、心身の問題をかかえているMさんに、試してもらうようにメールを差し上げました。この方は緩解していた不安と鬱が、お友達の相談にのってあげことでまた不安定になってしまった方です。数日して次のような返事がメールで入っていました。

お世話になります。
少し面白い事に気が付きましたので、ご報告させていただきます。
自分の身体のまわり透明な保護膜をつくりイメージ。
どの音がいいか、あれこれ探してみました。
「あ」は発展的なイメージがありますが、どうも、上手くいかない。
「お」は音に大きなおおらかさがありますが、私の感覚とちがう。
あれこれ母音で探したあと、最後に「う」が一番しっくりいくように感じられて、唸る感じで、すぐふっと、口の形を変えないでも、発せられるからでしょうか(笑)。
その後、「う」が、最後に「くぅー」で落ち着きました。
私の持っている、占術家の言霊を研究している文献では、「く」は臨機応変、貯め込んだものを吐き出したり、物事の調整を担う言葉と書かれていたので、何だか私に会っていて良さそうに感じられました。

もうひとつ、付け加えて、私の感じるところですが。
「個人個人に合った音があること」
これは、きっとそうだと思われます。病気の種類、症状が皆違います、そのご本人の性格もありますから、文字への捉え方も違うでしょうね。一筋縄ではいかないところなのでは。

余談ですが、母音の「あ」は、発展させるイメージと書きました。
多分、膜を張るのには、一番効果的な音のように感じます。
ご存じの通り、私は、物事をすぐに素直に取り入れられず、猜疑心の塊で、自分が納得できて初めて動けるタイプなので、「く」に行きつきました。
あ行は自我意識の源を担う音だそうです。
お仲人さんから、子供の名前は、母音を入れなさい、常に響きの良い音が身にあることは、その子を幸せに、良い影響を受け、与える事の出来る人となると言われた程です。

○○

なんとなく良さそうに感じられ、いろいろと自分の感覚に合う音で試されていることや、今まで話されたことのない個人的な話まで話題に出てきたことは、なにか大きな変化を感じてしまいました。これからの変化を見守っていきたいと思っています。
流れる身体
 

動的平衡

福岡伸一 木楽舎

 

また、新たな年がやってきました。

「光陰矢のごとし」、歳をとると切実に実感させられます。

 

時間の感覚は体内時計に頼っているということです。体内時計が時を刻んでいく速さは、タンパク質の新陳代謝速度に依存するらしいのです。歳をとると新陳代謝の速度は遅くなっていきますので、外界の時間の経過は相対的に速くなっているわけです。自分のなかではまだ一年経っていない感覚なのに、もう新しい年がやってきたということになるわけです。

 

このタンパク質の新陳代謝の話は、福岡伸一著の「動的平衡」に最初に出てきました。

実はこの本のことを新聞広告で見て、読んでみたいと図書館に予約していたのですが、私の前に予約している人が35人もいてすっかり忘れていたのです。昨年暮れにこの本を借りることができてこのお正月に読んでおりました。とても参考になるお勧めの本です。

 

「動的平衡」とありましたので、ホメオスターシス(恒常性)のダイナミックなはたらきについて書いてあるサイエンスの本かと予想していましたが、むしろ新聞ニュースになった身近な話題を掘り下げた内容が多く、たいへん勉強になりました。

 

たとえば私たちは加齢で膝関節が痛くなるとグルコサミンを勧めたりしますが(本ではコラーゲンの話になっています)、実は食物はすべて消化器官で粉々にされて吸収されますので元のかたちはなくなっています。タンパク質であればアミノ酸に分解されしまうわけです。分解されたアミノ酸からまた新たに身体に必要なタンパク質が合成されるのです。したがってもとのかたちのものというのはなくなっているのです。そうでないと異物(外部から侵入してきた情報)として拒絶反応が出たり、アレルギーの元になってしまうのです。ですから、これはこの病気に効くからと言って摂取しても、はたして効果があるのかどうかということになるのです。

 

生命体はこれまで38億年もの歴史を生きてきた体験を遺伝子レベル持っています。その発現としてタンパク質が合成されるわけです。人間の場合もそうですが、生命体はそう簡単に遺伝子レベルで設計図の変更は起きていきません。とてつもない時間の経過が必要なのです。

 

ところがいとも簡単にこの設計図を変更できるものがあります。

細菌がそうなのです。爆発的に分裂増殖できますので、たまたま設計図の変更が起きた一個の細菌が、瞬く間にこれまでの抗生物質が効かない新たな耐性菌へと変身できるのです。病院の院内感染はこうして起きているのです。

 

病原菌と宿主である動物の間にはタンパク質の鍵と鍵穴の関係から、種が異なれば、幸いにも種を超えての病原菌の感染は起こりませんでした。ところがこうした壁に亀裂が入ってきているのです。ウィルスが壁の亀裂から侵入し始めたのです。例えば新型の鳥インフルエンザが現れてきたのです。鳥類から豚へそして人間へと、これまで経験したことのない異物(情報)が人体に侵入し始めたのです。抗体をつくるための情報を持っていませんので、あっという間に世界で何百万人の人が感染してしまう危機が迫っているわけです。

しかも、正体がつかめない病原体の出現もあって・・(これ以上は触れないでおきましょう)。

 

さてこの本の主題である「動的平衡」とはどんな意味なのでしょうか。

 

著者の福岡伸一先生は、遺伝子操作によって生体のタンパク質合成を一気に変えてしまおうという最新の技術を駆使され、アメリカで長いこと研究されてきたバイオテクノロジーのエキスパートです。気の遠くなるような時間を経て進化してきたものを実験室で変えてしまうわけですから、恐ろしいまでのテクノロジーの進歩です。福岡先生はES細胞(初期胚の幹細胞)を使って、人為的に操作した遺伝子をマウスの初期胚に埋め込んで、膵臓の消化酵素を作るために必要なタンパク質合成を人為的に欠損させる実験をおこなったそうです。このマウス、消化酵素が分泌できないために栄養失調で成長できないだろうと予想していたそうなのですが、なんら異常もなく育ったというのです。

 

生命とは機械ではないと痛感されたそうです。部品がなくなれば動かなくなるような機械ではないのです。生命体は柔軟にそのシステムを変えてしまうことができるのです。生命を機械のようにみなすテクノロジーに疑問をもたれたわけです。

 

「動的平衡」を比喩的に表現すれば、流れる川の水はもとの川の水にあらずということになるのでしょう。

生体を構成している分子はすべて分解され続け、そして食べた食物の分子で次から次へとあっという間に置き換えられてゆきます。それは想像以上のはやさで全身にわたって置き換わります。身体を構成しているすべてが流転して変化しているのです。それでも不思議なことに、構成単位がまったく変わったところで、自己のアイデンティティは変わっていないのです。私たちは流れる川のごとく流れの中にあり続けているようなものです。

 

生命活動とは、新たなタンパク質の合成と異化作用(分解)の間で営まれる動的な平衡バランスの上で成り立っているというのです。

 

合成と分解との平衡状態を保つことによってのみ、生命は環境に適応するよう自分自身の状態を調節することができるのです。生命体は環境の変化に順応して生きているのです。このような分子レベルでの不断の入れ替わりは、生命は環境との大循環のなかにあることを示しています。

 

環境と一体であるとも言えるでしょう。水中で生活する魚のように、水の環境なくして魚は生きられないのです。人間の身体も重力環境や空気それに食物があっての身体なわけです。環境と一体であることを分子レベルの世界で示しているわけです。

 

前に「鏡の照らし合い」と題したブログを書いたことがあります。今回のブログと共振するところがあり、私自身読み直してみました。手前味噌になりますがぜひまた読んでみてください。なかなか良いことが書いてあります。少し引用してみましょう。

「モナドは鏡である」というライプニッツの言葉の方がまさにそのままです。一にして多を表出するのです。

一つ一つの細胞にも原初的な意識といえるものがあるのでしょう。受精卵が数限りなく分裂を繰り返してこうして複雑な身体を形づくってきたわけですから、細胞一つ一つに課せられたそれぞれのはたらきがあるわけです。それは全体に奉仕する原初的な意識すなわちモナドです。澄み切った鏡に自然の摂理を映しているように思えます。

 

数学者から哲学者になったホワイトヘッドという方がいます。部分と全体を考えるときとても貴重なことを語っています(生命とシステムの思想、279p)。

原初的事実として、空間の全体的な統一性があります。その中に部分空間をもうけると、無数の部分空間が成り立ちます。しかし部分空間の集積がもとの全体的空間とは言えないというのです。

部分Aから見て部分Bは何らかの相をもつ、それはBAにたいして示す意味。その意味はAを立脚点として見た相であって、Aの本質の中に含みながら存在している。

そしてそれらの部分の存在の有り様は、全体として空間という全体性の中におかれてのみ存在の意味をもつ。こうして、ある部分空間Aは他のもろもろの部分の相と、そして全体としての相とを自己の本質に取り入れて生成してくる。

 

「自己の本質に取り入れる」ことを抱握prehensionと呼んでいます。現実の世界とはこのような抱握の織り成す連関的多様態であるとホワイトヘッドは語っているのです。

「それぞれの抱握は、その相互的な連関の中で、その世界全体の実在をすべてもっており、逆に、その全体は各抱握と同一の実在をもっている」

 

難しい内容ですが、ライプニッツのモナドを焼き直ししたような印象をもちました。

 

翻ってこうした哲理をいかに私たちの臨床の現場に活かすか・・・

 

今年の仕事(治療)始めに強く感じたことは、身体もまた清流のごとく流れる透明な何かが浸透してくるという実感でした。呼吸の深まりによって開かれた身体呼吸、そのときに表れる組織の抵抗はこの透明な流れがもたらしていることがはっきりとつかめました。

流れる川の清流も海に流れ入り、水は海から蒸発して雲となり雨となって山に降り注ぎ、そしてまた清流となって大循環しているわけです。

今年は初日から、一つまた飛躍ができたような気がします。