Manual Medicine 大場 弘 Blog 

マニュアルメディスン(徒手医学療法)は全身をトータルに捉え身体の連関性を追求する医学です。
ここではマニュアルメディスンによる治療法や、症例などをご紹介していきたいと思います。

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心の揺さ振り

カオスと揺り動かし

不確実な過程を扱うひとつの方法として確率がありますが、カオスとは確率でとらえることができない現象です。もっと正確には、現象がたとえ偶然的な要素を全く含まない決定論的な規則に従っていても、結果が必ずしも決定可能とならず予測不可能になります。現在の延長がそのまま未来の事象にならないのです。このようなカオスは気象状況、世界経済にも見られますが、私たちの身体や脳のいたるところでみられる普遍的な現象であるとされています。

ただ、私たちの感覚では、身体は複雑ではあっても不規則なものだとは見なされていません。心臓の鼓動や脳波、睡眠のパターンなど、生体は一定のリズムに従って規則正しく定常的に活動しています。ホメオスタシスと呼ばれる恒常性が、私たちの身体のなかで維持されていることも事実です。これが失われた時が、病気や死にいたるわけです。

しかし、身体のリズムは決して機械のように単調ではないことも事実です。健康な時も常に、ある幅を持った揺らぎがあります。というより、この揺らぎがある程度あった方が健康的なようです。何らかの障害が起こった時に単純で規則的なリズムを刻むようになるようです。

私は、以前、自分が触診で感じている海の潮のような動きが実際に身体内部で起きているのかどうか、自分で考案した測定器械で観察したことがあります(この研究報告は、日本カイロプラクティック徒手医学会誌第1号に掲載させてもらっておりますので、興味のある方は問い合わせください)。患者さんやいろいろな方々に協力をいただいて測定させてもらったのですが、このなかで一人パーキンソン病の方がいまして、その方の脈波部分がほとんど一定のリズムにピークし、心臓の拍動リズムがある決まったリズムで機械的に刻まれているのを見て驚いたことがありました。この方の身体内部の潮の動きがどうであったか、今になってみては記憶が薄れてしまっていますが、それらしいものがわからなかったかも知れません。こうした先鋭化した単調なリズムが現れる事実は、カオスを研究している人達にとっては、見慣れた現象のようです。

生体は一定の定常状態を維持して基本的に変化を避ける傾向があるわけですが、それでもある幅の揺らぎがあることが健康な状態であるとされるようになりました。カオス的な見地からすると、生命維持の仕組みがもっともっとダイナミックなものであり、生体はその状態を一定に維持するのではなく、比較的コントロールされたカオスを恒常的につくり出すように働いていると認識されています。すなわち、絶えず変化するカオス状態が生み出されているとも理解できそうです。このことは、外界の変化を情報として取り入れて、これに柔軟に対応することによって、全身の動的な協調性・安定性をはかっている生命像が浮かび上がってきます。

健康な状態には、外界と身体の臓器器官は協調的なはたらきを示す柔軟性がみられ、病気になるとその柔軟性が損なわれて硬直したリズムとなってしまうということになるのでしょう。


心と身体の揺さ振り

さて私がこのところ不思議に思っていることは、治療による心と身体の揺さ振りなのです。どうして精神的な問題を抱えた患者さんでは、身体呼吸療法の何でもない刺激が、時には患者さんにとってとても辛い反応(症状)を引き起こすことがあるのかということなのです(8月15日付けのブログの後半にそうしたケースのことを書いてあります)。

最近もまたこうした辛い揺さ振りが起きた事例がありました。
患者さんから、「最初の治療の後、非常にぐったりとしてしまい、虚脱感とだるさが自分に侵入してくるようで怖くなり、最初は一度だけの治療で中断しておりました」と、1ヶ月後にメールをいただきました。やはり治療を再開したいとのことでしたので、数ヶ月ぶりで再び施術を行いました。

先回の身体の呼吸を通すことを目的とした施術だけの接し方を反省し、今回は心のなかの不安を少しでも言葉で表現されるようにしてみながら施術をおこないました。心のなかに閉塞された不安を抱えたままでは、施術後の反応が強いのではないかとその時に考えて施術したのです。これが功を奏したのか、困惑するような反応が起こらず、心身ともに良好でした。

こうした心身の揺さ振り効果について、カオスの見地からどのように考えられるでしょうか。なんらかの刺激によってより大きなカオスが現れるのということなのでしょうか。そうだとすると、新しい展開を生むためには有益である可能性もあるということになるのでしょうが、でも患者さんは辛い症状に悩まされるわけです。

神田橋條治先生に質問させてもらったときには、心と身体を分けて考えていけないということでした(9月25日付のブログ)。
先だっての勉強会(H20.12.06)では、拒食症の問題をあげて、神田橋先生は心身一如の存在としての人間を強調されていました。拒食症の問題はまだ手をつけていないがと前置きされて、この問題は心理的なところからは解決ができないかも・・、と話されました。なにか人間が心をもったことと関わる存在的なことで、心身一如としてアプローチできないと、この問題は解決ができないかもということでした。その理由の一つとして、生物学的な研究でも拒食症の動物モデルもできないために、研究がうまく進まないでいるとのことでした。ただ良くなる人もいて、そうした人達は、こんなことをしていてもしょうがないと、自分で突然決心して良くなるというのです。心身一如的な徒手療法の可能性を探りなさい、と神田橋先生に激励されたしだいです。

それでは心身一如的な施術方法とは・・、とふと考えされられてしまうのです。

ユングは霊妙なサトル・ボディsubtle bodyという想像的な存在を考えたそうです。
「物質的なものと精神的なものとの融合という、まさにそのことゆえに、錬金術的過程におけるさまざまな究極的変容が主に物的領域に求められるべきものか、心的領域に求めるべきものか、この点はあいまいなままである。しかし実際は、このような問い自体がおかしいのである。その時代にはあれかこれかというものは存在しなかったのである。存在したのはまさに物と心との中間領域である。すなわちもろもろのサトル・ボディからなる心的領域だけであった。」(藤見幸雄著、痛みと身体の心理学152-153p)

サトル・バディが心的想像的な存在、ファンタジー、あるいは観念的なものなら、心身二元論はサトル・バディも加わって心身三元論になってしまうのではないでしょうか。

身体呼吸療法で触れてみる心身は、墨絵のような濃淡に彩られたような身体呼吸の濃度の違いであり、なにか粒子的な密度の違いとしても知覚できるのです。まさにサトル・バディという表現が適切であるかのように、さまざまな質感の違いを伴って流動する実体として伝わってきます。

身体呼吸療法は、神田橋先生の要望に応えられるような気がしています。身体と心と分けたこれまでの偏ったアプローチを、心身二元論ながらも心と身体を一つに、たがいのコミュニケーションをはかりながら、身体呼吸療法を施術してみたいと考えているのです。
心と身体:身体症状
身体症状の意味

身体のさまざまな症状は、心と身体の二元論的な不可解さを露呈します。つまるところ、心身一如として人間をとらえなければ患者さんの訴える症状について理解することができないところに突き当たっているわけです。

病院で診ているような病理的・器質的な疾患ではなく、私たちような治療家を訪ねてくる患者さんの機能的な疾患がどのような生理学的なメカニズムによって引き起こされているのかという医学的な関心もありますが、心のおよぼす想像を超えた影響力もまた、けっして無視できないところなのです。身体症状とは生理学的な現象としての意味と、体験としての心の苦悩があるわけです。

「身体症状は緊張と苦悩に満ちた激しい闘いの場のようなものです。症状を否定すれば、闘いを抑圧することになります。すると症状はあなたを一晩中脅かすことになります。一方、症状の身体面だけに焦点を当てていると、症状がすぐに治らないことに苦悩し、あなたは落ち込み不安に陥っていくことになるのです」と、『身体症状に宇宙の声を聴く』の冒頭にあります。

「医療に携わる者にとっての最も基本的な仕事は、病気を治すことではなく、自覚を鍛え上げることなのです。身体症状は単に解決されるべき問題というだけではありません。慢性症状は一種の“公案”、すなわち意識の拡大(深化)を目的とした、一見答えようのない問いなのです。そうした症状の多くは、私たちが日常的思考を手放し、自覚の力を高めて身体の内なる沈黙の力を知覚することを要求しているのです。」(アーノルド・ミンデル、身体症状に宇宙の声を聴く、日本教分社)


最近、患者さんに禅問答のような問い掛けをしながら、身体呼吸療法を施術したケースがあります。症状の緩解に向けてうまく治療が運んでいるように思えます。この患者さん(MAさん)は脊椎外科のスーパードクター穴吹弘毅先生が、心因的なところが大きいと私に紹介してくださった男性の患者さんです。

ちょっと話が逸れますが・・、
穴吹弘毅先生は外科医としてはめずらしく徒手療法への理解が深く、手術の必要のない腰痛患者さんにはご自分でもマッケンジーの方法を指導されています。穴吹弘毅先生の背骨の手術は驚くほど患者さんの負担が少なく、私がお願いした71歳の狭窄症の患者さんは翌日には歩くことができました。
それに頸椎の手術というと、これまでその危険性を拭いきれずにいたのですが、最新の手術法に穴吹先生独自の手法を組み入れた手術で、安全に最小限の切開で済ましています。一週間前に、やはり私の古い患者さんで頸椎部の(脊柱管狭窄とC5-6レベルの椎間孔をひろげる)手術をお願いしました。二週間後にはもう無事に退院です。とても頼りになるスーパードクターと知り合いになれてたいへんありがたく思っているところです。

先ほどのMAさんのケースです。37歳男性のこの患者さんは、10年前の29歳に、徐々に腰の痛みを感じ始め、ヘルニアが認められたと言うことで数ヶ月間休職して静かに寝ていることで良くなったということでしたが、2年前に再び腰痛と臀部痛がだんだんとひどくなり、歩行困難な状況になってしまった。穴吹先生の診察を受けて、マッケンジーの運動療法で改善し、ようやく一年ぶりで職場に復帰することができた。ところがまた最近、仙骨にピキッと痛みが横に走ってから、また痛みが悪化し座っていることもできないということで、私のところに紹介されてやってきました。

問診をしているとやはり事故歴があり、バイク事故で右膝を骨折して手術を受けていました。過去の痛みや仕事を長い間休職して寝たきりでいた頃の心理的不安感や恐怖心が裡にあるように印象を持ったのです。たとえ今回の軽い軟部組織の傷害でさえ、彼にとっては心身ともに大きな痛手として受け止められているのでしょう。

青年期にじっと静かに寝たきりで過ごしてきたこれまでの長い闘病生活を想うと気の毒になってしまいます。実際に下肢に接触して感じられる波動は重く沈み、深いところの潮の動きは伝わってきません。先ず彼には、いかに心の状態が身体に大きな影響を持っているかを気づいてもらうことから始めました。そして組織に潤う体液流(潮の動き)が神経を被う皮膜となっていること、ボルトとナットの間のグリースのように関節を保護しクッションのように働いていることを話しました。坐骨神経痛と腰の痛みは、まさに組織を潤う体液の流れが枯れているようなものであると伝えたのです。治療は体液の流れを組織に浸透させることと最初に伝えました。

右膝の障害が、歩行などの身体運動を歪め、それがそのまま膜系の捻れた歪みとなり、体液の流れを阻害してきたこと、精神的な不安がいかに体液の流れに反映しているか、いろいろと伝えたいことがあるのですが・・
しかし、言葉で伝えられることは難しいところがあります。頭で分かっても納得・実感はできないのです。彼自身がそれらを受け容れられなければ無意味なのです。彼の日常的な思考パターンを止めさせ、新たな思考方法で考えることができるように、疑問を抱かせる必要があるのです。それには禅問答のように非論理的な問い掛けがおもしろいのです。
最初の施術は、彼にとってはまったく新しい体験であったらしく、まさにこの体験こそが公案であったように思えます。せっかく穴吹先生が勧めてくれた治療だからね、何回かやってみなくてはねと、この意味を自分から求めるように仕向けて帰したのです。
次に来院してきたときに、少し良くなっている実感があるというので、さらに禅問答のようなやりとりで遊んでみました。もともと彼は化学を専攻した会社の研究員であるために、こんな問い掛けになりました。量子化学というのは化合物の本質はファンタジーであると言っているのでは・・、この苦痛もファンタジーなのでは・・、量子力学の波動方程式も体液の潮もファンタジー、あなたの心模様もファンタジーかも・・

彼の両下肢を通していくぶん潮の流れが感じられるようになっていましたが、彼が悩みに入ると直ぐにそのかすかな潮の動きは消えてしまいます。そんなとき、また悩み始めたねと声を掛けるのです。彼は自分の心が見透かされているように驚きを示し、しだいに心と身体がとても密接に絡み合っていることを実感することができるようになっていきました。

彼が治療の後に言った言葉が、“結局は自分の身体を信じていれば良いんですね”ということでした。大きな前進でした。
今年最期の治療にやってきた彼の腰の症状は、4,5回ですでにほとんどなくなり、これまで座っていられなかったことを忘れているかのように、治療を待っている間、静かに座って待っていました。彼自身がつくりだしていたこれまでのファンタジーはすでになくなっているようでした。


身体呼吸と言葉のやりとりについて
頭蓋を通して大脳の息づかいに触れながら、患者さんの心のうちに触れるように言葉を交わします。
施術する側の私は患者さんの呼吸を開き、その状況で心のうちを内省させることになります。呼吸が開くという表現は感覚的なのですが、身体の内側に閉じた呼吸を外に開らかせるのです。内に籠もった呼吸を外に開かせるのです。山の上に立ったとき自然に深呼吸したくなるような感覚です。この感覚が意識的にわかる患者さんは、心が安らかになってスッとしてとても気持ちいいと話してくれることがあります。もやもやしていたものが晴れて清々しさがひろがる感じです。施術する側で観ていますと、眉間あたりが透明な空間になるような感じです。

でも呼吸を開かせるまでは結構たいへんです。身体が殻を持ったように硬くなり、筋肉の緊張がだんだんと抵抗を増してくるような印象を持つこともあります。それでもいろいろと工夫を重ね、緊張したストレスラインと虚脱したラインを読み取り、たがいを結びつけ重ね合わせるように身体呼吸を導き、新たな呼吸運動を創発させ、これまでのパターンを崩します。

身体呼吸が開いた段階、このとき私は患者さんの前頭部を軽く両手で触れていますが、透明な空間の広がりに注意を払いながら、言葉を発し、患者さんの悩みについて内省を促すのです。患者さんの裡にある苦悩を言葉に載せて出してもらうように促すのです。事例は少ないのですが、なんだかこの方法が良いような気がしているのです。

まだまだこれからですが・・・
過剰なる大脳皮質のはたらき
どうして治りにくいの?

治療をしていると、どうしても速やかに症状が緩解していかない患者さんがいます。決して治らないという障害でもないのに、なかなか痛みが緩解しにくい場合があるのです。

一般的な印象では、治りにくい人達は治療中でも大脳皮質の活動が休むことなく、目を閉じて静かに沈黙の中に身を沈めることができないようです。治療中、施術している側としては、なんだか患者さんにどんなことをするのかと、目を開けてじっと監視されているような気がしてしまいます。

中には眠くなるのだけれども、眠ったら失礼になると、眼を堪えてじっと眠りに耐えているという患者さんもいるようですが・・
とにかく一時、頭を休めるように眠りの中に入ってもらえると、治療する側としてはありがたいのです。

大脳皮質の活動は下位の神経システムを抑制する傾向があるのでしょうか、脳は自らの活動のためにより多くの血液循環を必要とします。
自然な生命活動のためには、大脳皮質から余計なじゃまをされたくない、そんな叫びが身体から発せられているようなこともあるのではないでしょうか。
とかく大脳皮質は身体に害になるようなこともやってしまうようです。

身体呼吸からみた大脳皮質の悪しき抑制として、はら呼吸を抑えてしまうことがあげられます。何かにじっと集中しているとき、人は知らずに呼吸を詰めてしまい呼吸が浅くなっています。このことに気づかずに習慣的になってしまうと、本来の身体的な呼吸、身体呼吸が沈んでしまい、体液的な流動性である潮の動きがなくなってしまうのです。コンピュータで仕事をしている人達は、一日中何時間もモニターにのめり込んで過ごしていますので最悪としか言いようがありません。とにかくこまめに長く息を吐ききることを習慣的に行うべきなのです。

年の暮れに訪ねてきた若い女性のケースです。初めての激しい腰の痛みに耐えきれず訪ねてきました。ギックとする腰痛に恐る恐る椅子に腰掛ける動作ですが、まともに座っていることもできず、からだを捩らせてしまいます。

座位で後ろから骨盤の両手でホールドして、身体の潮の動きにのって全身をスキャンするのですが、潮の動きが感じられないため、何が問題なのかまったくつかめません。とにかくうつ伏せになってもらい、触診によって骨格の歪みを確認し、問題の部位を特定しようと試みました。痛みのなくなる位置に身体をもってきてしばらくホールドする操作から始めてみましたが、どうもうまくいきません。それではと、起き上がり小法師の操作を行って、椎間板損傷の有無の確認、それに腸腰筋のバランス操作を行いました。ちょっと良い感じになるのですが、それでも痛みは消えません。むしろ痛み方が変化し、起き上がり小法師をもどす最期のところで筋を弛むときに痛みがギクッとくるようになりました。

身体の潮の動きで診察すれば障害の部位がわかるのですが、潮の動きが出ていないためにどうも判断がつかないのです。時間がなくなってきたので、マッスル・エナージ法で脊椎の偏倚を正すことで終了しましたが、痛みはなくなっていませんでした。

とにかく今晩はゆっくりと睡眠がとれるようにと寝方を指導して、翌朝の状況で、自宅近くの相模原市で開業されている鈴木明弘先生を紹介して行ってもらうことにしました。鈴木明弘先生はとても信頼できるカイロプラクターです。私が見つけられなかったところをきっと良くしてもらえるはずです。

患者さんからメールがあり、痛みがとにかく辛かったためにタクシーで帰ったそうで、たいへん気の毒な思いがしました。
その晩、寝入れに彼女の様子が気になったので、イメージで彼女の身体を身体呼吸療法の要領で探ってみました。彼女の左仙椎第2/3レベルの軟骨に何か傷害があるような抵抗感があります。身体呼吸療法のイメージでその部位の流れを通してみて、それで就寝しました。

その後、気になっていたのですが連絡もなく、4,5日経ったときまた訪ねてくれました。聞くと、治療の翌朝からしだいに痛みが少なくなっていき、あのときの痛みがなんだったのかともう一度診てもらいたくてきたというのです。

今度は痛みもなく静かさの中に身をゆだねてくれたおかげで、身体呼吸による診察がはかどりました。確かに第2仙椎に不整合が確認できました。これを矯正し、治療は終了です。コンピュータに一日中、データを打ち込む仕事ということでしたので、こまめに深い呼吸を心がけるように指導しました。

今回のケースは、潮の動きが消失してしまっていることが、いかに治りにくい状況をもたらしているか痛感させられたしだいです。

潮の動きを出すためには何が効果的か・・
やはりセロトニン系の神経核に注目した方法が必要でしょう。
どうした操作を工夫したらいいか・・、思いついた操作をいま試みているところです。

離れて診ても傷害の部位がわかるというのは不思議なことですが、実はときどき治療室でもやっています。ときにはたいへん著名な方とか立派な方が患者さんとしてやってきますので、最初に顔を合わした段階で気後れしてしまうことがあります。こんなとき、実際に顔を合わす前に、ついたての後ろから離れて診ておくことをします。剣術の先をとるとでも言いましょうか、こちらのペースにのせるために必要なのです。これからは、こうした痛みのために緊迫して余裕のない状況でもやってみることが価値がありそうです。

このような不思議な現象は、ユングの発見したシンクロニシティの一つなのでしょうか、それとも場に投影する現象なのでしょうか・・
どうして治りにくいの 2
69歳の女性のケース

年末にメールをいただいていたのですが、年末年始をはさんで痛みに耐えてもらっていた患者さんがいました。娘さんからのメールは、お母様の右腕に放射する痛みと右手指の3・4・5指のしびれが主訴で、とても痛がっている様子を伝えていました。12月30日からお休みにしてしまっていましたので、とりあえず息をながく吐くことをやってもらうことを指導しておりました。

早速、お正月明けの5日に娘さんに連れられて来院してきました。
頸椎の手術を受けて12月31日に退院してきた知人を治療しながら、ついたてむこうの患者さんの声の響きにのるように、チラッとどこに障害がありそうか推察してみたのです。左に下部頸椎に重く流れが悪い感じと、右頸部から肩甲間部に筋の緊張感を感じることができました。

問診を始める前に、左側の腕が痛いのですかと先をとったつもりでしたが、痛いのは右腕ですと的が外れてしまいました。

もともと右手の親指に腱鞘炎と中指にバネ指あったとのこと。12月に入ってから前腕に筋肉痛のような痛みと、スジに走るような痛みが現れ始めた。最初の頃は腕を挙上すると、痛みが和らいでいたが、だんだん痛みがひどくなり、あまり効果がなくなってきたとのこと。右の肩甲間部から肩にかけて筋肉が盛り上がり、さすると痛みが放射する、と付き添いの娘さんが言うのです。それに左臀部に手をあてて、左腰が痛いとも。

離れたところから診た推察は、右頸部から肩甲間部にかけてのストレスラインは当たっているようでした。

とにかく痛みを緩和しなければなりませんので、座った状態で潮の動きを探りながら、右の患部に誘導をと始めたのですが、やはりなかなかいい揺らぎが生まれて来ません。今試している揺らぎを引き起こすための方法へと治療を進めたていきました。幸い、明るい患者さんでしたので、それなりの反応を引き出しつつ進めることができました。やっていくにつれて大脳中央左寄りに、独特の重い感覚があります。視床か? それになんとなく右大脳半球がすっきりしていない。そしてしだいに眼窩部にもすっきりしない感じがあります。

触診はそのまま身体呼吸の治療でもあります。痛みが少し退いてきているような気配がしています。

いま表れている右の痛みは、右大脳半球の機能低下による交感神経亢進と痛覚過敏による増悪があるものかと推察されました。それでは左頸椎や仙腸関節などの関節の可動性低下による固有感覚の減退が背景にあるということか・・、最初に感じ取った左頸部の重い感じは、ある意味当たっていたのかも知れません。

治療の方針(作業仮説)が決まりました。左側のフィクセーションを緩めて固有感覚を高めて右Hemisphericityを改善させることに。

治療が進んで身体呼吸が出ている状況のなかで、どんな生活ぶりか尋ねてみました。
このところ睡眠不足が続いていたこと、眼鏡が合わず辛い感じがあったこと、右の履き物が異常に磨り減りがひどいこと、椅子を外されて尻餅をついことなどいろいろと話が出てきました。

神経が過敏になっていることで、頸椎症の症状で痛みが出ていると思われることを話しましたら、本人も実感されることがあり、とにかく睡眠をとってくださいと帰してみたのです。
治療の結果をメールで娘さんに知らせてもらうことにしました。
これまでいろいろとありそうですので、古い障害がこれから出てきそうです。

翌日、娘さんからメールがあり、午前中は痛みのためにうなっているそうですが、午後からは少し眠れ、夕刻から少し楽になってきたので家事を始めているとのことでした。

一日空けて、再び娘さんに連れられて来ました。風邪気味のようです。
右側の過敏的な痛みは改善している印象を持つことができました。治療中、気持ちよさそうに眠りには入っていました。今回は、右頸部それに左膝の古くからの障害が浮き上がってくるような緊張が表れています。やはりこれからいろいろと慢性的な障害が出てくるようです。少し時間がかかるかも知れませんが、良くなっていくでしょう。とりあえず、治療する側もホッと息がつけました。

さて数日空いて三回目の治療になります。
痛みはだいぶ少なくなっているようですが、右手指のしびれがつらそうです。前腕のスジを通して身体呼吸を通してみていると、鳩尾の上部に何か問題がありそうです。訊くと、やはり推察したように逆流性食道炎が5年前からあるとのこと、中指のバネ指とつながっていくことが興味深いところです。治療は、右の頸神経の身体呼吸運動を誘導することに的を絞って誘導しました。神経根障害などの場合には、末梢から中枢へ吸い上がるような力動性を身体呼吸で誘導できると、たいがいの場合うまくいくのです。

痛い、痛いと訴えてくる患者さんは、すみやかに痛みの緩解がないと治療家にとってもつらいものがあります。患者さんにしてみれば、痛みをとってもらいたいからやってくるわけですが、私たちはお医者さんのように薬を処方することもできません。考えてみれば、手だけで(徒手療法)症状を緩解させられることじたいがすごいことですが、症状を緩解できなければ単なるおまじないのようなものとみなされるかも知れません。私たちのやっていることはエセ科学と批判されることもあるでしょう。でも実際的な見地からすれば、一つ一つの実践であり、技術的実践なのです。それでも科学としての認識論的な見地から、モデル化と確証/反証の確認作業が必要になるのでしょう。


身体呼吸療法の臨床実技
質問に答えて

身体呼吸療法の研修を初めて受けた山口県の谷先生から、メールで質問を受けました。たいへん本質的なことを訊ねていますので、ここで採り上げさせてもらいました。


山口合宿でお世話になりました、香川の谷です。
あれから、身体呼吸を毎日20人ほどのペース(一人15分)で行っています。
急性の痛みが数日後に高確率でラクになる事に喜びと感謝を感じているこの頃です。ありがとうございます。

質問なのですが・・・
呼吸のリズムが少しずつ捕らえられるようになりました。そして真ん中(正中)に誘導できた事も何度かありました。
このリズムとは、波打つように誘導するのでしょうか?
それとも静まるように誘導するのでしょうか?
“Be still and Know”の意味するように静けさの中に何かがあるのでしょうか?

また、リズムを整える事を意識して治療しています。先生のリズム観があれば教えてください。最後にもう一点なのですが、流れ始めるとそれでOK。それ以上はさわらないとおっしゃっていましたが、その理由などもありましたらおしえてください。

心の中で細胞外液が波打つようにイメージしながら(念を込めながら)治療しています。すると非常に体液の流れが改善することにも驚いています。

いきなりのメールですみません。名古屋の神経学も毎回非常に楽しみにしています。



大場からの回答:
お役に立つことができてなりよりです。
温泉の合宿も良かったですね。谷先生が露天風呂で感嘆の声をあげたのが印象的でした。
きっとゆっくり休むことなく忙しく働いているんだろうなと思ったしだいです。

さて下記の質問の件ですが・・
このリズムとは、波打つように誘導するのでしょうか?

身体にはリズムと言ってもいろいろありますし、治療のためのリズムを出すことはいろいろと経験してみないと分からないところです。リズムをうまく誘導する治療方法はこれからのことです。
そこで身体呼吸療法としては、基本的には腹を中心にした正中の呼吸を誘導するようにします。どうしてかと言いますと、姿勢の偏りがあるように、身体の呼吸運動にも偏りかがあり、膨張した側(部分)と萎縮した側(部分)があり、身体の呼吸運動に左右の差異があります。

膨張したところは圧をかけるように適度な圧力で押圧し、萎縮したところに呼吸が通るようにバランスをはかるようにして身体呼吸を促すのです。

比喩的ですが、触覚的な感覚を視覚的に表現しますと、ちょうど墨絵のように墨の濃淡が流れるように変化していきます。うまくいけば、身体の内奥からリズムが湧き出してくることもあります。こうした経験を積んでみてください。


最後にもう一点なのですが、流れ始めるとそれでOK。それ以上はさわらないとおっしゃっていましたが、その理由などもありましたらおしえてください。

身体の内奥からリズムが湧き出したときに、これまでの呼吸がカクンと変わるように、呼吸運動に転換が生じることを感得できるようになります。この転換が生じたときに、自発的に生じた身体呼吸運動を妨げないように、施術している私の手は自然に患者さんの身体から離したくなります。出てきた自発的な身体呼吸運動をじゃましたくないからです。

もしこの感覚に出会いましたら、しばらく身体呼吸運動を観察するようにしてみたらどうでしょうか。

こうした転換をもたらして身体呼吸運動を安定にして、最終的には身体呼吸運動を開きます。こうなりますとそれ以上触る必要がなくなります。呼吸は外に開かれるものなのです。思わず山の上で深呼吸したくなるような感覚と言っております。
もっとも患者さんは、ほとんど眠ったような、大脳皮質が休止したような意識状態にありますので、なにも分かりませんが、ただ心地よさはのこると思います。

言葉で言えば簡単なことのように思えますが、これは結構たいへんなプロセスをたどります。患者さんそれぞれがいろいろな問題をかかえていますので、患者さんそれぞれのプロセスもあります。25年以上やっている私でもまだまだ患者さんに学ぶことが多いのです。

サザランドの頭蓋療法のはじまりは、脳脊髄液のフラクチュエーション(動揺)を触診することで、呼吸運動をはじめ身体のさまざまなリズム、たとえばリンパ流などのリズムを引き込み、全身的な第一次呼吸メカニズムを誘導していたのではないかと想像しています。
身体呼吸療法では、とくに腹から生じる呼吸運動がたいへん力強い波動となるために、この動きを引き出すことから考案してきた経緯があります。たぶん西洋的なものと東洋的なものの違いがあるかもしれません。

リズムを引き出したり操作する方法を学んでいくために、身体呼吸運動なるものを実感できるように修練を積んでおいてください。そのうちまたお会いして教えてあげられることもあるでしょう。


谷先生からの返信:
ありがとうございます。
先生の丁寧なご指導に感謝します。

身体呼吸の奥義を、購入して2〜3年たちます。いくら読んでも理解できませんでしたが、最近少しずつ理解できるようになってきました。そうすると非常におもしろい事がわかりました。本の中のニュアンスを大切にしながら毎日治療しています。

人が快方に向かうとき・・・「楽になりました」「根気よく通院してよかった」「痛みが改善してよかった、ありがとう」と言われる時はその人自身の第一次呼吸システム(細胞外液の流動・気・精神的解放も含めて)が通り出したときなのかな?と思い始めました。

ありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。
どうして治らないのか? 3
ギックリ腰のケース

お正月が明けて立て続けにたいへんな痛みを訴える患者が何人か続いています。たいていは冷えと寝不足、心労からの神経痛のように思えます。

さて昨日は若い女性が・・
“ギックと腰にきたんですけど、ちょうど先生の予約の日で良かった”と言うのですが、とくに腰を痛がっているわけでもなさそうなので、うつ伏せになってもらい、身体呼吸を誘導しながら診てみることにしました。

ところでこの女性は、右足の捻挫がすっかり良くなるのに半年はかかりました。どうしてこんなにかかったのかと言いますと、甲状腺に異常があって、触診で右足と下腿の外側から右側前頸部の甲状腺にいたって独特のストレスラインが、治療を進めていく過程で認められたのです。甲状腺の異常数値が改善するにともなって捻挫の痛みも緩解していった経緯があります。でも大きな要因は慢性的な寝不足にありました。

今回はいつもの右側よりも左側の下肢から腰部に、とても重く鈍い触感がひろがっています。冷たく重い、いやな感覚でなかなか軽やかな身体呼吸に変わってくれません。それでもすこし寝入っている様子です。

さて問題は立ち上がったときの腰の状態です。ギックリ腰は意外と緩めたときに悪化することがあります。案の定、立ち上がったときにギックとくる感じが出て、“動けません!”と。ゆっくりと座ってもらいました。前にブログに書いた若い女性の腰痛と同じ状況に陥ってしまいました。身体が捻れるように歪んでいきます。潜んでいたものが出てきた感じです。

坐位で骨盤帯を左右側方から圧迫するように押圧しながら、下部腰椎部と仙腸関節部などの緊張状態を左右比較しながら組織の質感異常部分を探ってみました。左右非対称な緊張バランスと、腰部ところどころに部分的に重くかたまりのように異常な質感があります。組織の活動性が低下し、いわゆる虚的なエネルギーが薄くなった感じとは違います。むしろ濃密な冷たいかたまりと表現されるかもしれません。これがよく言われるところの『冷え』なのでしょうか・・

ここでこれまでの教訓を参考に考えたことは、リズムを重視して、心地よい軽やかなリズムを引き出すように試みです。セロトニン系からリズムを引き出すような試みです。

ところで、こうした異常な質感は、東洋医学的な言い方をすれば『陰気』であり、冷たいかたまりのようなものかも知れません。これが神経線維の中に生じていれば神経痛ということになるのでしょう。この女性の場合には、筋肉組織に陰気があるように思えたのです。
この陰虚を変えるためには、陽の気を引き込まなければなりません。そのための、いわば陽気で軽やかなリズムなのです。

トントン・・・と、軽やかな刺激を患部と後頭部、そして顔面へとタッピングをおこないました。幸い、痛みは緩解してゆくようで、なんとか歩いて帰れそうな感じです。腰にゴムバンドを巻いて安定させて終わりました。

翌日、電話がありました。やはり痛みがあるために会社を休んだとのこと。でも声の感じからだいじょうぶそうな印象を持ちました。また来週いらしたときにその後の経過を聴いてみます。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一週間後の経過報告です。電話をいただいた日はやはり痛みがありましたが、お昼過ぎから軽くなっていったそうです。やはり下部腰椎からの背部にまわる神経線維と思われるかすかな緊張を帯びたようなラインが触知できました。末梢神経障害によって、その支配筋に異常をきたしていたようです。


ギックリ腰について考えてみました。
ギックリ腰は『魔女の一突き』と言われます。ギックとくると動けません。無理に動こうとするとどんな痛みが襲ってくるかわからない恐怖に凍り付いてしまうようです。

ギックリ腰と言っても、いろいろとありそうなのです。
重いものを持ち上げたときにギックとくる腰痛は、椎間板損傷とか椎間関節面の傷害があるでしょう。こうした傷が生じると、それを保護するために周囲の筋肉が緊張を増します。緊張が強ければ、血液がうまく供給されませんので、虚血性の痛みが発症します。

明らかな傷害を受けていなくても、何気ない動作でギックとくる腰痛もあります。この場合には、何かがうまく円滑に運んでいない状況があるわけです。

日常の何気ない動作、自然な動作とはすごいことなのです。縮むべきところは縮み、伸びるべきところは伸び、すべてが協調して滑らかな動きがつくりだされています。
その連携がうまくいかないときにギックとくるのでしょう。
発症の要因として、神経のはたらき、筋肉のはたらき、血液の循環などいろいろな側面から考えることができます。

筋肉のはたらきに注目してみますと、筋肉は多くの筋線維からなりますが、その中に特殊なカプセルに包まれた筋線維(筋紡錘)が入っています。筋紡錘は筋線維から構成されているのですが、これ自体が特殊な感覚器ともなっているのです。周囲の大多数の筋線維と自らの筋線維の長さを刻々と比較して、その情報を脳に伝えているのです。脳はこの情報を基に自らの身体の状況を把握することに役立てています。目を閉じて、頭の傾き・頸の緊張・肩の高さ・腰の緊張・手足の様子や重さなどいろいろと自分の身体を感じてみてみましょう。このときのぼんやりとした身体感覚が知覚されるでしょう。筋肉の感覚が自分の身体感覚をつくるのに大きな役割をはたしているのです。

脳は筋紡錘の感度を自由に変えることができ、この筋紡錘の緊張をコントロールするだけで、他の大多数の筋線維の緊張を脊髄反射的に変えることもできます。緊張感をとくに感じる部位があれば、脳はなんらかの理由でその部位の筋紡錘の感度を高めている可能性があります。脳の中につくられている身体感覚が、身体そのものに反映されているとも考えることもできます。

筋肉のはたらきを一つ例にとってみても、驚異的なしくみが備わっているのです。

この筋紡錘と他の大多数の筋線維の関係には、協調した連携活動が成り立っています。この両者の協調関係が崩れたとき何が起こるでしょうか、考えてみました・・
筋肉が攣れるのです!
もし筋肉の中の一部であったとしたら・・
たぶん、筋肉の線維が切れそうな・・刺すような痛みが走るのかも知れません。
これもギックリ腰と呼ばれる急性腰痛の一つかも知れないと思ったのです。

あるいは脊髄の中の神経の側からみたときに、大多数の筋線維に行く運動神経(αモーター・ニューロン)と、筋紡錘の錐内筋線維に行く運動神経(γ系)との協調関係に障害が生じていることも考えられます。それはまた脊髄へと下行してきている上位神経中枢からの影響が反映していることでもあります。脳の疲労が脊髄のこうした神経システムに大きな影響をもたらしていることもあるわけです。

ギックリ腰と言ってもいろいろな要因があるのです。
こうして考えてきますと、ギックリ腰と一言で言っても、患者さんによっていろいろと違っていることがよくわかります。
ギックリ腰の治療方法の一つと言いましょうか、障害を速やかに経過させ、神経系の再教育をはかるための良いアイデアが浮かびました。


咀嚼と腸の運動
かむことと腸の動きは関連する?

ある臨床例から
ある上品な76歳の女性をここ数年の間、月数回の割で不定期に治療しています。
もともと虚弱体質で、胃腸がたいへん弱く、ちょっとしたことで胃腸をこわしてしまっていた方ですが、身体呼吸療法が功を奏し胃腸も丈夫になり元気に過ごしています。

先週、しばらくぶりで治療にいらしたときに、左脇腹から腰部にかけて違和感があると訴えていました。

うつ伏せになってもらって身体呼吸療法を行いながら観察していますと、左側で虚した感覚で腹部の活動性が減退している印象をもちました。このような左側腹腔内の活動性が低下していることはめずらしくありません。左腰に鈍痛のある患者さんでもよくあることです。
全身的な身体呼吸運動をもたらしてバランスをとる治療をしています。この方にも全身的な身体呼吸運動を誘導しました。

“ちょっと調子が落ちている様子なので来週も来てください”と告げて、また来てもらうことにしました。

1週間後、再び治療にやってきました。”だいぶ良い感じです“と言いますが、身体呼吸を観察していますと、どうも左側半身が、右に比べてトーンが下がっているような感じがします。内臓も左側でとくにS字結腸から直腸の動きが低下している印象を持ちます。訊くとやはり便秘気味で、線維性の食物を摂っているとのことでした。

一般的な老化現象として、だれでも老齢化とともに結腸の動きが減退し便秘傾向になります。とくにS字結腸の蠕動運動が減退し、トーンが低下することでその結腸部分が拡張していくことが知られています。

左半身のトーンがどうして低下しているのかなとふと考えながら治療していますと、左側で咀嚼を十分に行っていないのかなと思ったのです。と言いますのも、偏った噛み方をしている人で、よく噛んでいる側の起立筋のトーンが高まり、背筋が片側だけ盛り上がっていることが多いことを観察しているからです。

左側であまり噛んでいないのではと訊ねてみましたが、“わかりません”ということでした。気がついたら教えてくださいと話しました。

咀嚼運動は三叉神経の運動神経ですが、この運動神経核の活動性が高まると、左側なら左側の脊髄の運動神経すべてに対して促痛効果を引き起こすという論文を以前読んだことがあります。

咀嚼運動は胃腸の平滑筋の活動性を高めることも不思議ではありません。よく噛めばそれだけ消化酵素が出て、消化が良くなると言われます。胃腸の動きも良くなるはずです。逆によく噛まなかったら消化が悪いわけです。

身体呼吸運動で観察しますと、身体のさまざまなはたらきは連関していることを、その身体呼吸運動による内圧変動によって浮き上がってくる膜系のストレスラインによってうかがい知ることができます。顎の具合が悪ければ、そこから内部にテンションが延びて、頸部の前から胸郭内の膜系のテンションとなって、どのような解剖学的な繋がりか定かではありませんが、とにかく下腹まで至り、鼠径内部を通って足根部そして足趾まで続いていることがよくあります。

こうした理由から、『咀嚼運動と結腸の動きははたして関連しているのだろうか?』という疑問になったわけです。

医学文献検索システムMedlineに、chewing(かむ) とIntestine(腸)を入れて文献を検索してみましたところ、たいへんおもしろい文献がヒットしました。群馬県がんセンターのHirayama I先生等の報告です。私が訳をつけて引用させてもらいました。

Hepatogastroenterology. 2006 Mar-Apr;53(68):206-8.
Gum-chewing stimulates bowel motility after surgery for colorectal cancer.
チューインガムが結腸直腸ガン手術後の腸の動きを刺激する
Hirayama I, Suzuki M, Ide M, Asao T, Kuwano H.
群馬県がんセンターの平山孝二先生等の臨床報告(2006)
【抄録の訳】
結腸直腸ガン開腹手術の術後経過においては、手術のストレスから自律神経の変化に影響をおよぼす。たとえば腸の動きが減退するという患者の訴えが多い。そこでチューイングガムによって腸の動きに改善がみられるかどうか調べてみた。
結腸直腸ガンの患者22名を、チューイングガムを噛ますグループと対照群の二つのグループに分けて、手術直後から前者のグループに1日3回チューイングガムを噛ましてみた。
術後最初の腸内ガスと大便の通過はそれぞれ術後35時間と50時間後で、対照群よりも早かった。結腸直腸ガンの手術後にガムを噛んでもらうことは、シンプルで効果的な方法である。

BACKGROUND/AIMS: During the perioperative period after open colorectal surgery, surgical stress affects changes in the autonomic nervous system of patients. The decreased intestinal motility results in many complaints for patients. To resolve this problem, the usefulness of gum-chewing for improving the motility was examined. METHODOLOGY: Twenty-two patients with colorectal cancer were divided into two groups; gum-chewing and control groups. From after their operation, chewing gum was given to the former group three times a day. RESULTS: The first passage of flatus and stool in the chewing-gum group after operation were 35 and 50 hours, respectively, sooner for the controls. CONCLUSIONS: It was concluded that gum-chewing provides a simple and effective method to improve the postoperative state of patients.


このおもしろい報告が世界中に広まったようで、いろいろと追試が行われています。次の論文は、多くの報告をまとめて統計的に調べたというものです。
【抄録の要約】これまでの報告を統計的に処理して調査した結果で、腸内ガスと大便の通過時間が24.3%と32.7%と時間が短縮することが認められ、確かに術後にチューイングガムを噛むことは大腸の動きを刺激し、腸閉塞を防ぐ効果がある。
Dis Colon Rectum. 2007 Dec;50(12):2149-57
Use of chewing gum in reducing postoperative ileus after elective colorectal resection: a systematic review.
Chan MK, Law WL
PURPOSE: Published studies comparing the addition of chewing gum to standardized postoperative care to shorten postoperative ileus 腸閉塞showed controversial results. This study was designed to conduct a systematic review of all relevant trials on chewing gum to reduce postoperative ileus after colorectal resection. METHODS: All published trials that compared the additional use of gum chewing with standard postoperative management were identified from Ovid MEDLINE, EMBASE, CINAHL, and All Evidence-Based Medicine Reviews between January 1991 and January 2007. The clinical outcomes were extracted and meta-analysis was performed by Forest plot review. RESULTS: Five randomized, controlled trials with 158 (94 males) patients with mean age of 61.9 years were included. Seventy-eight patients received an addition of gum chewing and 80 had standard postoperative care for colorectal resection. Operating time (P = 0.78) and blood loss (P = 0.48) were similar. All patients tolerated the gum without any side-effects. With combined standard postoperative care and gum chewing, the patients passed flatus 24.3 percent earlier (weighted mean difference, -20.8 hours; P = 0.0006) and had bowel movement 32.7 percent earlier (weighted mean difference, -33.3 hours; P = 0.0002). They were discharged 17.6 percent earlier than those having ordinary postoperative treatment (weighted mean difference, -2.4 days; P < 0.00001). The gum-chewing group was associated with similar overall postoperative complication rate (odds ratio, 0.45; P = 0.05) with individual complication showing a trend favoring gum chewing, although they were not of statistical significance. Readmission (odds ratio, 0.36; P = 0.24) and reoperation rates (odds ratio, 1.36; P = 0.83) of the two groups were similar. CONCLUSIONS: The use of gum chewing in the postoperative period is a safe method to stimulate bowel motility and reduce ileus after colorectal surgery.

噛むことが腸の動きを刺激する生理学的なメカニズムとして考えられることは、頭部ー迷走神経反射による消化刺激が、腸の動きに関わるホルモンを産生するという(cephalic-vagal stimulation of digestion, producing hormones associated with bowel motility)という機序にありますが、ガムに含まれている成分もあるのではないかと問う論文もあります。
それでもやはり、噛むということが神経学的に腸の蠕動運動に大きく影響するだろうということは、チューインガムに限らず食物なんでも言えることではないでしょうか。

リレンザの副作用?

眠気・無気力から異常行動へと発展した少年

ことの重要性からー徒手療法家として、できるだけきちんとした記録をとり続けてみました。

2月7日、家族の親しい知人が、子どもの様子がおかしいと訪ねてきました。いつも元気に飛び回っているのに、授業中ボーッとして集中力がない様子を心配して、学校の先生が医者に診てもらうようにと早退させて帰らしてきたというのです。家に帰ってきても寝てばかりで、いつものH君ではないというのです。

これまでの経過を訊いてみました。
H君12歳(小六)、1月30日、39.1°もの熱が出て、翌日、小児科で診察を受けました。溶連菌の反応が少し出ていて、それにインフルエンザにも罹っているという診断だったそうです。
抗生剤のフロモックスと咳止めポララミン、それにリレンザが処方されたとのことです。リレンザは、タミフルにかわって子どものインフルエンザに処方されることが多くなっているそうです。
タミフルが子どもの異常行動を引き起こしている事例が全国的にひろがったために、それに変わってリレンザが使われ始めているとのこと。リレンザはneuroamidaseという酵素を阻害して、ウィルスが周囲の細胞に拡散することを防ぐための薬だそうです。
ただこの薬もその副作用として異常行動がみられるという事例もしだいに報告されてきていると、週刊紙で見たことが思い出されました。
H君はリレンザを5日分処方されたそうなのですが、気持ち悪くなったということで3日分だけその粉薬を吸入したそうです。

私がH君を2月7日にみたときの最初の所見です。
じっと椅子に座っているのもつらそうで、すぐに横になりたいような雰囲気でした。ちょっと我慢してもらって、簡単な神経検査をやってみましたところ、上肢の腱反射がみな減退していて、逆に下肢の腱反射がみないくぶん亢進ぎみです。舌をみたり、咽頭の動きをみたりとしましたが、とくに異常が感じられたのは眼球運動です。H君の左方向へ、指を動かして注視させたときの眼球追跡運動にうまくついてこられていないのです。しかも、赤の縞模様の回転ドラムを使って、視運動性眼振を反射的に誘発してみてみますと、右方向へ戻るときの急速運動であるサッケードが生じにくいのです。ただ、片足立ちでバランステストをしてもさほど異常があるとは思えませんでした。

そこで私の十八番である身体呼吸療法で頭蓋から脳の呼吸運動を観察してみました。頭に最初に触れただけでその異常感に気づきました。頭蓋の中で動いている感触がまったくなく、脳の呼吸運動が止まっている!という印象をもちました。

最初の子どもの治療におこなうとき、私はできるだけ透明な感覚(気)が眉間と頭頂部で開くようにするのですが、H君の場合もそうしました。それに薬の作用を考えて、肝臓あたりに触れてもらって、同様に彼の眉間あたりを開くようにしました。子どもの場合には施術者の勝手な意思で介入することを避けるために、深く身体呼吸運動を誘導して治療することは最初にしないようにしています。子どもはどんどん変わっていきますので、自発的な変化を期待するのです。

この後、眼球の追跡運動と視運動性反射に改善が見られましたので、これで様子を見てもらうことにしました。

翌日の日曜日はあいかわず寝ているような状況でしたが、月曜からは学校へ行くことができたと、母親から電話がありました。

これでめでたしめでたしといきたかったのですが、そうにはなりませんでした。

一週間後(2月14日)元気にサッカーの練習をやっていたH君、また風邪に罹ったようで、腹痛と吐くということがあったのです。38.5°の発熱があったというのです。そしてまた、前のように元気がすっかり無くなり、寝てばかりの状況になってしまっているというのです。

この様子に両親はひどく心配し始め、脳症の疑いがあるのではないか、病院で検査しなくてはいけないのではないかと、早朝から自宅に電話がありました。父親がだいぶ神経質になっているような感じなので、とにかく連れて来てみてと伝えたのです。

2月23日、二回目の治療です。
やはりなにかいつもの感じと違うH君です。両親の過剰な心配に包まれているせいもあるのでしょうか。
このときもまた最初の時と同じ眼球運動に異常がみられました。それに身体呼吸運動で後頭部の重く滞った感触、僧帽筋の緊張が気になりました。
それに肝臓の内側部の動きが気になります。これまでの経験では、感情的になにかあるようなときに感じられるところの、肝臓と胃の緊張感で動きが滞っているような印象をもったのです。
治療台で仰向けに寝ているH君、なんとなく落ち着きが無く、母親が座っている方によく目がいきます。なにか無言で訴えているような感じです。
“学校行きたくないんか”と声かけると頷きます。“学校嫌いか”、“休みたいよな”と声かけると母親の方を見ます。なんだかんだ母親を交えて話をすると、小さな声で“ウルセェー”とH君らしくない口ぶりなってしまったのです。
すっきりとしない雰囲気を晴らすことができないまま、今回は動きの重く感じられるところを身体呼吸療法でとにかく通してみました。

治療の後、これから父親が知っている両院に脳症のことで診察に行くというのです。それは必要がないのではと話したら、そうだったら電話をするから父親と話してくださいというのです。電話で父親に話をして、これ以上に、子どもにいろいろと心身の負担をかけることは避けた方がよいとアドバイスをしました。

それから数日後、どうもこれまでにない異常な行動に出ていると電話がありました。買い物に行くと知らないおばさんの買い物籠にサッとキュウリを入れたり、首にぶらさげている女性の携帯に手を出したり、電車の中では知らないおじさんに眼付けたりと、まったくおかしな行動にでるというのです。待っている人に“早くしろー”とか、“ウッセー”とかこれまで使ったことがないような言葉づかいで、攻撃的なところが出ているというのです。そうかと言えば、“早くなおったらいいね”と優しく頭を撫でてあげたら泣き出したというのです。自制が利かず情緒不安的な様子に、とにかくこれまでのH君ではなくなっている感じがすると母親は心配しているのです。

2月27日、三回目の治療です。
H君本人が“優ちゃんのお父さんのところに行きたい”と言っているというので、またお母さんが連れてきました。私の娘とこのH君は姉弟のように親しいのです。

簡単に神経学的な検査をしましたら、上肢両側で腱反射の低下と、やはり眼球運動に異常があらわれます。
今回は落ち着いて静かに治療台の上で治療を受けてくれました。
左後頭部に渋滞感、右大脳半球の動きが左に比べて減退しています。とくに右後頭野あたりに違和感を感じるのはどうしてかと思いながら治療を進めていくと、ようやく脳の中心部に動きが広がっていくような感じが出てきました。脳幹からのぼって間脳そして帯状回へと動きのひろがりを、微妙ですが感じられるように思えました。それと同時に胃のあたりの違和感も浮かび上がってきました。ようやく核心に近づいているような気配です。
眼球運動の改善を確認し終了しました。

治療の後にふと思ったのは、今回の異常な衝動と情緒不安定ははたして薬のせいなのか、それにしても薬を吸入してから数週間も経っています。
それとも両親の過度の心配や圧力が子どもの攻撃的な情動を刺激しているのか、あるいは、すさんできている社会生活のなかで、子ども達や青少年の心がいらつき、怯え、荒れていることが、このH君の心の鏡に映し出されているのだろうかともふと思ったのです。

3月2日、四回目の治療です。
月曜、学校に行った帰りに来ました。母親に訊くと、なにか興味あるものに目がいったり、したいことがあると、衝動的になにか動き出してしまうようで自制が利いていないような印象だと言います。幸いにも攻撃的な衝動にはなっていないようで、赤ん坊がいると近づいて頭を撫でてあげるといった、これまでなかった行動は見られるとのことでした。まるで人が変わってしまったようだと、父親と話しているとのことでした。

早速、眼球運動の検査で神経学的な変調があるかどうかみてみました。ぶれが少なくなっていて改善しているようです。

身体呼吸療法で治療を進めました。
やはり肝臓と胃の間の動きの滞りが感じられ、しかも右胸郭内(縦隔)から頸部に沿って右前部に膜系の緊張ラインがあり、右脳底部(蝶形後頭結合部)にいたっていることが触感できます。したがって、内圧変動にともなう右の頭蓋骨の弾力的な動きが制限されているのがわかります。左後頭部の重い渋滞感はかなり良くなっています。脳の呼吸の動きはだいぶ良い感じです。
頭蓋の動きと、胸椎の第2・3レベルの歪みを解消し、終了しました。
終始、H君は心地よく治療を受けてくれましたので、だいぶ落ち着きがもどっているようです。

右の胸郭の動きから頸部にスジが緊張している様子であると告げましたら、リレンザを吸入するときに、薬と一緒に吸った息をしばらく止めていなければならなかったので、そのせいでしょうかと言ってきました。
身体としては嫌なものを吸入し、本来はすぐに吐き出したいものを抑えてしまったことがそうした緊張を生んだのかなと、少し納得するような思いです。身体は膜でできていますが、まさに膜が身体的・情動的な記憶をもち続けることがありそうです。

本日の治療の印象としては、H君良い感じになってきているようです。

3月5日、五回目の治療になります。
昨晩から頭痛があると言います。でも学校には行けているとのことでした。

フッと触れてみると妙に重い感じがします。寝不足があったりすると、こうした身体が重くなっていることがあります。天気に喩えればどんよりと曇っているとでも言いましょうか。サッと重い空気をはらうように、透明な気を投げかけてみました。するとみるみるうちに雲が晴れていくように、内部に身体呼吸の動きがひろがっていきます。

右上頸椎に筋緊張とフィクセーション(関節の弾力的な可動性減退)によって身体呼吸運動が障害されているのが認められます。脳底部から頭蓋内にテンションラインが続いていくような印象です。

傍で見ているお母さんに伝えると、昨晩、新しいテレビを買ったのでそれで家族でDVDを観ていたというのです。そうしたら頭痛がするということだったのでという話でした。
きっと大きな画面での光の刺激が、まだ十分に改善していない状況で強過ぎていたのでしょう。

でもあれから異常行動はなくなっているとのことでしたが、それでもまだ本来のH君に完全に戻っているとは言えないというお母さんの話です。

H君に仰向けになってもらって、上部頸椎から頭蓋骨へと施術をおこなっていきました。
右の後頭下筋に異常な緊張が実際に触診できます。頭蓋全体の呼吸運動をみていきますと、右大脳半球とくに前頭部、しかも右大脳半球内面から脳底部に膜系の緊張を認めることができました。
治療は上部頸椎の緊張をリリースし、身体呼吸運動が全身でリズミカルに波打つようにしてあげることです。だいたい動きがついたところで、透明な気を投げかけて終了しました。

いろいろと日常生活の中でありますが、おおむね良い方向へと進んでいることには変わりないようです。

3月11日、ほぼ一週間ぶりの来院です。入ってきたときの表情はやわらかくにこやかです。
ほとんど以前のH君に戻って、一緒に自殺まで考えたことが現実のことように思えないとお母さんが笑顔で話してくれました。でも本を読んでいたりテレビを観ているときに、頸に疲れと違和感が出るようで、変に頸を動かしているとのことです。

身体呼吸療法でみていきますと、まだ胸郭の内側からテンションが頸部に延びて、右の脳底部で頭蓋の弾力的な動きが制限されているのが認められます。きっと右脳底部から右大脳半球の髄膜へ、それに脊柱にも筋緊張を及ぼしている触感があります。これさえ改善すれば私の役目も終了のようです。
今しばらく、サッカーのヘッディングと歯列矯正の治療は休んでもらい、もう少し治療と経過観察をしていきます。

3月18日
一週間ぶりの来院です。明るくにこやかです。
早速、頭蓋の触診から始めました。右脳底部(蝶形後頭結合部)は弾力的な動きが回復しています。脳そのものの動きにも問題はなさそうです。
ただ、左顎関節部にわずかですがテンションが発生しているようです。歯列矯正をしているためでしょう。歯列矯正の調整を再開するように、母親に告げました。
治療後に母親に、一週間の様子を訊きました。ほとんど以前のH君そのもので、なんら異常はなかったとのことでしたが、あえて言えばまだ少し疲れやすさがみられるとのことでした。
明日は卒業式、普段のH君としてぶじ迎えられることを喜んでいました。
感染性心臓内膜炎とは知らず


浅尾美和に似た30代のきれいな患者さんがいらっしゃいます。
頸が痛かったりすると、ときどき訪ねてきます。

朝、電話がありました。去年の暮れに治療をしたのですが、あれから入院していたというのです。夕刻に治療に来てもらうことにして、詳しく訊いてみることにしました。

大きなマスクをしてやってきました。

昨年の暮れに治療をしたときにも大きなマスクをかけたままで、なにかつらそうな感じで少しやつれぎみだったことを思い出しました。確か、微熱があって・・・でもどこが具合悪かったのかは思い出せません。

先生に心臓がおかしいようだと言われましたと、彼女のほうから教えてくれました。あの後、胸の苦しい感じがどうしてもなくならなかったので病院に行ったら、エコーで心臓の弁膜になにかできているということがわかり、そのまま絶対安静で入院させられていたというのです。

そこまで深刻な問題があったとは・・、まったく認識できなかったのです。
心臓がおかしいと言っただけで済ましてしまったことに、プロとして恥ずかしく、情けない気持ちです。病院で調べてみてと、どうして積極的に言わなかったのか・・
自分のやっていることに対しての自己評価の低さがあるからかも知れません。

発熱・・、心臓の弁膜・・
乏しい内科的な知識から、感染性の弁膜症がふと浮かんできます。

彼女の話によりますと、細菌感染から心臓の弁膜に病巣ができていたと教えてくれました。
感染性心内膜炎ということになるのでしょう。20〜40才代の比較的若い人に多いようです。これは、抜歯や扁桃摘出などの各種の手術やカテーテルによる細菌感染とか、緑色連鎖球菌や黄色ぶどう球菌などの感染症から血液に入った細菌が心内膜(弁膜)に感染して炎症を起こす病気です。

弁膜に異常をきたしますと、恐いのは、血栓ができてしまって脳梗塞になってしまうことです。

彼女も、とても不安な想いをしているようで、退院してからまた訪ねてきたしだいでした。
座位になっている彼女を後ろから触れてみていきますと、第2肋骨あたりキュッと痛みを感じるような過敏帯があるのがすぐにわかります。実際にその部分を触れると、浮腫感があり過敏になっています。第2−3肋骨が左右たがい違いに前後に歪んでいるのも触診できます。

病院ではこうした異常について誰も教えてくれないために、不安がますます大きくなってきていたと、彼女の胸のうちを話してくれました。

深部の様子を、身体呼吸を通して観察していますと、心臓を包んでいる心嚢から頸部の斜角筋に線維性の緊張感が延びています。喉からはほぼ中央にも、下方にのびる膜系の緊張感があります。

心臓の動きがこうした膜系の緊張から制約されていて、胸が苦しくなるのでしょう。仰向けで身体呼吸運動を誘発して膜系の緊張をリリースすることにしました。

身体呼吸が深まるにつれて、胸郭全体の歪みや柔軟性の喪失感が浮き上がってきます。そうした動きの硬いところに手指がいくと、彼女自身そうしたところに痛みを前から感じていて、どうして痛いのか、心臓がまだ治っていないのではと・・、ますます不安が高まっていたというのです。

前頸部の斜角筋とその筋膜などの軟部組織の緊張をリリースしていると、下肢の方向に延びる膜系の緊張も浮き上がってきます。

突然、両足がしびれてきたと足の指先を動かし始めました。
両手の小指側にもよくしびれが出ていたと言います。

どうしてですか? ますます不安にかられてしまっているようです。

どうしてだろう? 乏しい医学的な知識に頼ってもわからないし・・
酸素飽和濃度と脈拍をみることができる検査器具を指先につけてモニターしてみました。
酸素飽和濃度98、脈拍64、不整脈なし
心肺機能はまったく健全です。

このときフッと感じたことは、風が騒ぐように身体のとこどころで組織の実質が締まるような波状的な動きがありました。
自律神経の影響で末梢の血管が緊張したのかも知れないと思ったのです。

自律神経の変調が起きたのでしょう。彼女の実感と合っていたようで、納得したような感じです。

肩甲間部の背部の硬さが浮き上がってきました。
両手を背部にまわして、背部から肋骨の歪みと筋緊張をリリースしました。かなり身体呼吸が深まり、胸郭の歪みが自発的に改善していくような感じが出てきました。

頭蓋に触れて、脳の様子を観察し始めました。右側頭葉とその深部に重い感じがひろがっています。透明な身体呼吸をもってその部分が軽くなっていくと、こんどは左前頭葉に重い感じが表れてきました。しばらくして頭蓋の中心から身体呼吸が始まり、呼吸が外に開いたような気配を感じた瞬間、涙が眼からこぼれていきました。

下腹部の身体呼吸と頭蓋内の律動性を同調誘発させて、施術を終了です。
施術の間、身体の様子を伝え、同時に彼女自身もそれを感じ取れたおかげで、不安感はかなり軽減されていくような気がします。

身体の呼吸と一言で言っても、全身の連関した波状的な伝播、筋骨格系が歯車のようにたがいに噛み合いながら動きを連鎖し合うメカニズム、内臓の平滑筋がリズミカルに膨張収縮する律動性、組織実質にひろがっていく圧変動の律動性・・、透明な気のひろがりなど実にさまざまな様相が立ち現れてきます。

この世界に浸れば浸るほど、不思議な感覚の世界が奥深くひろがっていくようです。
医学的な知識とうまくかみ合っていかねばと切実に思ってしまいます。


呼吸と脳の活動
 

瞑想と呼吸
 

神経学を勉強している時期、有田秀穂先生のHPで紹介されている脳内物質のシステム神経生理学を見させていただき、そのすばらしい内容にたいへん感銘を受けたことがありました。最近、有田秀穂先生と井上ウィマラ氏の対談である「瞑想脳を拓く」を読みまして、呼吸と脳の活動を考えるうえで、またいろいろと勉強にも刺激にもなりました。今秋10月12日、東京ビックサイトでの徒手医学会の折りに、有田秀穂先生にご講演をお願いしておりますので、今から楽しみでもあります。

 

有田秀穂先生は、腹筋を使って意識的に吐く呼吸を反復することで、禅僧が瞑想を行っているときと同じ脳波の現れ方がすることを学生や一般の人達で確認されたということです。

 

私は、若いときにアメリカに留学していたころ、ロサンゼルスの禅宗寺でお世話になっていましたので、そこで座禅をくむことがありました。眼を閉じるとすぐ眠くなってしまうし、目を開けたままでいるといろいろ雑念で頭がいっぱいになって無心になれたことは一度もありませんでした。

目を開けていれば、脳は入ってくる感覚に溢れんばかりです。目を閉じれば自然に眠くなっていくのは自然です。座禅ではかすかに目を開けながら座禅をくみますので、眠くなることは避けることができるかも知れませんが、そのかわりにいろいろと雑念が湧いてきてしまうのです。

そこで、有田秀穂先生の言われるように、半眼で覚醒を維持しながら、吐く息に集中しながら瞑想に入るということになるわけです。

 

たしかに息を吐いている間は、心がとても静かです。

 

有田秀穂先生は大脳生理学的に次のように説明されています(勝手にまとめさせてもらって申し訳ないのですが)

「吐く息に集中し瞑想にはいると前頭前野が賦活化されそれが次いで脳幹の縫線核セロトニン神経を活性化させる。

セロトニン神経が興奮すると、前脳基底部のアセチルコリン神経に抑制性の信号が伝わりその働きが抑えられる。前脳基底部Ach神経は大脳皮質を賦活する方向に作用しているので、それが抑制されることにより皮質活動の抑制が誘発される。」

 

このように覚醒したまま大脳皮質全般の活動が休止することになるので、時空間の枠もなく言語的な思考活動もなくなると言うのです。なにごとにも捕らわれることなく、執着することなく、とらわれないクリアな感覚の流れがただ過ぎ去るだけとなるということになるのでしょう。

 

また、セロトニン神経の効果は抗重力筋や姿勢筋にたいして促通効果がありますので、自然に姿勢がのびて姿勢が良くなるとも述べています。

 

「瞑想脳を拓く」の中で、有田秀穂先生は呼吸には二つあると言われます。

一つは吐く呼吸、これは意識的に行うことができる呼吸だと言います。

二つめは吸う呼吸、これは脳幹における呼吸中枢が自発的に行う呼吸、いわば生きるための呼吸だと言うのです。

呼吸だから呼と吸の二つで当然と思われるでしょうが、実はこれは神経生理学的にもそうなのですが、結構意味が深いのです。
身体呼吸療法で感じ取っている呼吸でわかるのですが、本当に自然のままに吸息できる呼吸というのは意識的にはできないのです。大脳皮質が休んでくれないとできないとかねがね思っていることなのです。
もちろん意識的に息を吸うことはできるのですが、でも身体に力みがあり、無為自然のままの吸息とは違うのです。

 

徒手療法の施術では、息を吐かせながら背中を押圧するのが自然です。ストレスの大きい人はあたかも鎧をまとったような筋肉緊張が著しく、なかなか一筋縄ではいかないでしょうが、やはり息を吐けるようにしてあげることが一般的な治療のあり方です。

 

身体呼吸療法では、さらにその先に、いかに自然の吸息を誘発させるかが、患者さんの症状を緩解させていくうえで、とても重要であると主張してきました。

有田秀穂先生流の言い方をマネさせていただければ、いかに『いのちの呼吸』を引き起こすことができるかです。

 

身体の呼吸は、組織の呼吸であり細胞の呼吸にひろがるものです。身体が水のかたまりのように波打っていく本来の呼吸の姿があるのです。

水族館で見たことがあるでしょうか、エイのからだがゆったりと波打つように泳ぐ姿を・・

イメージとしてそれに近い感じがします。

 

息を吐くことに意識を払っての瞑想から、自発的に現れる『いのちの呼吸』が全身にひろがっていく身体の呼吸に気づきが持てるようになると、どんな脳波が現れることになるのだろうかと、またかつての研究心が蘇ってきそうです。

『いのちの呼吸』を感じ取って施術している側と患者さんとの間に生じるコヒアレントな関係にも興味深い発見が出てきそうに思えます。